無料会員募集中
.社会  投稿日:2015/1/3

[中野香織]【中間層消滅、超格差社会の到来】~「ふつう」に人間らしく生きる為の基準を探せ~


トップ写真:ディオールショー国技館にて

中野香織(明治大学 特任教授/エッセイスト)

執筆記事FacebookBlog

2014年の終わりにもっとも話題になったファッションイベントは、両国国技館でおこなわれました。ディオールによる世界初のプレフォールコレクションでした。世界中から招かれた顧客やジャーナリストなどが1500人参加し、ショーの後のステージにはバーカウンターが現れ、国技館が巨大なクラブと化しました。

このイベントが象徴的ですが、好調のラグジュリーブランドは巨額の投資を背景に、ますます華やかなPR戦略を展開しています。アイテムの単価も強気で上げています。一方で、1000円以下のジーンズやニットが山積みされるファストファッションの旗艦店が銀座の表通りに立ち並び、賑わいをみせています。

苦戦していたり、精彩を欠いたりして見えるのが、ラグジュリーブランドとファストファッションの「中間」において立ち位置を定めかねているファッションビジネス。トマ・ピケティが『21世紀の資本』のなかで、中間層が消滅に向かう超格差社会の到来を警告していますが、ファッション市場においてもすでにその兆候は表れています。

高級ブランドと激安ファッションの両極の勢いにおされ、適度に上質でほどほどに手が届く「ふつう」の居場所がなくなっていく。そのような流れのなかで浮上してきたキーワードが、「ノームコア」でした。

郊外のショッピングモールなどで着られる日常着のような、筋金入りの「ふつう」をかっこいいと見るトレンドとして、2月ごろに話題に上り始めたのをきっかけに、ランウェイではルイ・ヴィトンやグッチまでもが実用的な日常着に近い服を提案し、7月のシャネルのコレクションではフロント・ロウ(注1)の観客の多くがスニーカーを履いてきました。

かくも影響力を及ぼしたトレンドを体現するスタイルアイコンは、故スティーヴ・ジョブズ。常に同じ日常着スタイルなのだけれど実は数百着も同じセーターをイッセイ・ミヤケに作らせているというハードコアな「ふつう」実践者でした。

ノームコアの足元に必須のスニーカーは、多くのラグジュリーブランドが手がけるやらミュージシャンがコラボ企画を出すやらで大ブームとなり、一足10万円前後のスニーカーが登場したり、靴ひもをあえて結ばないのが「イン」というプチトレンドまで生まれたり、左右で柄が違うスニーカーが登場したりと、いったいどこまでが「ふつう」なんだか。

そんな「ふつう」ブームの中、「GAP」も畳みかけるように「ドレス・ノーマル」キャンペーンを実施しましたが、デイヴィッド・フィンチャー監督が撮る「ふつう」の服を着たアンジェリカ・ヒューストンやエリザベス・モスは、ただそこにいるだけで尋常ではなくかっこいい。「ふつう」のレベルの高さをますます悩ましく考えさせられました。

「ふつう」の基準を求めて右往左往したかに見えるファッション界ですが、ふつうの基準にひとつの正解はなく、文化や人の数だけ基準があり、ゆえにエキセントリックと紙一重であることも見せつけてくれました。高級時計や宝飾品を惜しげもなく買える富裕層がいる一方で、ファストファッションも贅沢すぎて買えないという貧困層も増え続ける社会。「究極のふつう」探しブームは、異常な二極化がすすむ社会のなかで、ふつうに人間らしく生きるための基準(ノーム=ものさし)を自分のアタマで考えて探せという問いであったのかもしれません。

「ふつう」を「ふつう」とすら意識しない生活。思うにそれがほんものの「ふつう」であり、そのような「ふつう」があふれる社会こそが、幸せな社会と呼べるのでしょう。ますます不条理な現実と立ち向かわざるを得なくなりそうな2015年は、激安品にも手が届かないという多くの人々が「ふつう」の生活を享受できるような社会の仕組みを作るための一歩を、まずは考えていかなくてはなりません。
(注1)ファッションショーの席の最前列。

 

【あわせて読みたい】

[俵かおり]【美女の定義とアフリカとスリム化】~時代における稀有性と美の関係~

[岩田太郎]【米金融緩和で誰が得した?格差は拡大した?】~アベノミクスも検証が必要~

[岩田太郎]【米金融緩和で誰が得した?格差は拡大した?】~アベノミクスも検証が必要~

<集団的自衛権行使の賛否>首都圏大学生500人に調査 「よくわからない」が4割という実態

 

 


copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."