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.国際  投稿日:2015/8/24

[林信吾]【ギリシャ首相辞任、狙いは総選挙で政権基盤固め】~構造的財政危機、対岸の火事ではない~


 

林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

執筆記事プロフィールblog

どこかの国の首相は、一部メディアに「再度の健康不安」を報じられたものの、躍起になって否定し、長期政権への意欲を見せている。一方、最近なにかと話題のギリシャでは、チプラス首相が20日、辞意を表明した。「これまでの政策について、あらためて国民に信を問いたい」とのことだが、どこかの国と同様、政治家のこうした発言を額面通りに受け取る人はほとんどいない。

すでに報じられている通り、この国は債務返済のための緊縮財政を、主たる債権者であるEUや欧州中銀から求められており、一度は国民投票まで行って拒否の姿勢を示したものの、ユーロ圏に留まるためには選択の余地はない、ということで、結局EU側の諸条件を受け容れ、デフォルトの危機はひとまず回避された。

問題は、与党たるSYRIZA(急進左派連合)が、緊縮財政は行わない、との公約を掲げて昨年の総選挙で大勝したことだが、まあ、どこかの国でも、政権交代を成し遂げたとたんにマニフェストを反故にした政党があったし、政治家の公約など、そんなものか。

もっともギリシャの場合、SYRIZAは今に至るも、33ないし38%前後という、比較的高い支持率を保っている。一方、最大野党である穏健左派の新民主主義は、支持率20%に届いていない。

そのまた一方では、定数300のうち149議席を持つ与党の中に、最大40名とも言われる造反議員がおり、首相にとっては、野党よりこちらを問題視せざるを得ない事情があるようだ。増税など、国民が痛みを感じ始める前に総選挙を強行し、造反議員を入れ替えて政権基盤を強化するのが本当の狙いであると、衆目が一致している。どこかの国と同様、野党が弱すぎるがために、無茶な政策でも押し通すことができる、という政治状況であるらしい。

どこかの国では、首相に衆議院の解散権があるのだが、ギリシャでは憲法の規定により、就任後1年半以内に首相が辞意を表明した場合、第一党から第三党までに「組閣準備の猶予期間」が与えられ、それがうまくまとまらなければ総選挙、という手続きが踏まれる。

現状で、右の手続きに従っての政権の禅譲はあり得ず、細かい解説は省略させていただくが、9月20日に総選挙が実施される見通しである。そうなると心配なのは、この選挙で与党が敗北した場合、政治的混乱に拍車がかかり、債務問題が再燃する事態だが、この問題の一方の当事者とも言えるドイツは、いたって冷静に見ている。

メルケル首相自身、「とりたてて驚くべき事態ではない」とのコメントを、すでに発表したほどだ。とどのつまりドイツは、ギリシャでどのような政権ができようとも、ユーロから追い出されて国家経済が崩壊することを甘受できない以上、債務問題の主導権はEUにあり、と読み切っているのだ。カネを借りる立場は、弱いものなのである。

ただ、それはそれとして、今次EUからの「つなぎ融資」でひとまず危機が回避されたと言っても、どこかの国でよく聞く「問題の先送り」に過ぎず、「通貨が統一されているにも関わらず、財政は各国政府に委ねられている」という、ユーロの構造的な問題が解決されるには、まだ時間がかかるだろう。

むしろ、私がすでに述べた、ギリシャを「国ごと銀行管理」にすることが、財政統合、さらには政治統合への第一歩となるのではないか。言わば踏み台にされるギリシャの年金生活者などは、たまったものではない、と考えるだろうが、長い目で見れば、真面目な納税者が損をしない体制に近づくのである。

それだけの構想力が、現在のEUを牽引する政治家たちにあるかどうか。一方、ギリシャとは桁違いの負債を抱えているどこかの国の政治家には、解決策を期待できるのか。まだまだ、目が離せない。

 


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