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.社会  投稿日:2016/2/9

民間より高い「特養」に閑古鳥 その1〜行政の見通しの甘さ露呈〜


相川俊英(ジャーナリスト)

「相川俊英の地方取材行脚録」

その施設は市街地からやや離れたところにぽつんと立っていた。近くを川が流れ、周囲に人家はなし。地元のタクシ―ドライバーもその存在を知らなかった。福岡県行橋市の特別養護老人ホーム(以下特養)「今川河童苑」。定員29人のユニット型・個室の特養だが、2015年7月の開設時には入所者が1人もいなかった。現在、入所者は8人となり、2月末までにさらに3人増える見込みだが、それでも定員の半数にも満たない。施設の中は閑散としており、忙しそうに動き回る職員に出会うこともなく、廊下がやけに広く感じられた。

「3〜4年前まで特養が不足していて市内にたくさん待機者がいたのに、どこに消えてしまったのか・・」

今川河童苑を運営する社会福祉法人「友愛会」の顧問、西本昭治さんが独り言のようにつぶやいた。行橋市の元市議でもある西本さんは入所者集めに奔走する日々を送っている。

そもそも入札の不調などで着工が遅れるなど、初めて手掛けた特養建設は誤算続きだった。特養への入所希望者は全国で約52万人にも上っている。新設特養で空き室ばかりというのは本来ありえない事態である。なぜ、こんなことが起こっているのか。

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福岡県東部に位置する行橋市には隣接する北九州市や苅田町に通勤する住民が多く、ベッドタウンとなっている。人口は微増しており、約7万3000人。行橋市が今川河童苑などの新設を計画したのは11年度のことである。市内2つの特養に待機者が120人いたため、その解消を目指して14年度末までに7施設(計114人分)を新設するとした。このうち特養は2つで、いずれも入所者を市民に限定した地域密着型である。今川河童苑の建設に国から補助金1億1890万円が交付された。

ところが、特養建設中に事情がガラリと変わった。老人介護需要を見越した民間事業者が行橋市内に住宅型有料老人ホームを次々に建設したのだ。13年〜15年の3年間で14→22ホームに増え、居室数も176室増加し計464室に膨らんだ。

「特養の待機者がそちらに入居したのだと思われます。民間の老人ホームは届出制なので(特養の整備計画時には)想定できませんでした。制度改正で15年4月からは特養への入所が原則として要介護3以上に限定されたことも影響しています」(行橋市の中村浩行・介護保険課長)。

要は、行政が主体となって整備を進めている特養と、民間業者が新設する有料老人ホームのあいだで入居者の獲得合戦になってしまったのである。

民間との競合にあたっては、特養の利用料金や制度の縛りなどがネックにとなったようだ。全室個室の新設特養の料金は月12万〜13万円。4人部屋の従来型特養(月9万〜10万円)より高い。これに対して、例えば行橋市内のある住宅型有料老人ホームは家賃や食費、光熱費など全て込みで月7万8000円。入居者は併設された系列の介護事業所などで介護サービスを受けるが、利用限度額を目いっぱい使っても要介護3ならば自己負担額は3万円未満。合計すると特養より2〜3万円も負担が少なくて済む。しかも、民間施設の多くは街中につくられている。

こうしことから今川河童苑のみならず、14年4月に開設した同タイプの新設特養も入所者集めに四苦八苦したという。何とか定員を満たしてオープンしたものの早くも空きが出ている状態だ。今川河童苑の西本顧問は「(入所者を市民に限定する)地域密着を外してもらいたい」と訴える。入所希望者の懐具合やニーズなどを考慮せずに、個室型や地域密着型の特養をつくった誤算といえなくもない。

( 民間より高い「特養」に閑古鳥 その2〜介護職員確保が最優先〜
に続く。本シリーズ全2回)


この記事を書いた人
相川俊英ジャーナリスト

1956年群馬県生まれ。早稲田大学法学部卒。放送記者を経て、地方自治ジャーナリストに。主な著書に「反骨の市町村 国に頼るからバカを見る」(講談社)、「トンデモ地方議員の問題」(ディスカヴァー携書)、「長野オリンピック騒動記」(草思社)などがあり、2015年10月に「奇跡の村 地方は人で再生する」(集英社新書)を出版した。

相川俊英

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