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.経済  投稿日:2016/3/2

税理士も憤る軽減税率 消費税という迷宮 その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

今回もM税理士の解説を借りつつ、軽減税率の導入にともなう諸問題を考えよう。

よく知られるように、これは公明党がかねてから主張してきた政策案が採用されたものである。当の公明党は、

「消費増税の痛みをやわらげる」

などと自画自賛だ(同党のWEBサイトなどによる)。

消費税の最大の問題点とも言える逆進性が緩和される、ということであるらしい。

しかしM税理士は、

「そんなバカな話がありますかね」

と一蹴する。煎じ詰めて言えば、主食などにかかる消費税を据え置いたにせよ、高額所得者が低所得者の5倍も10倍も食べるわけではない。いっそ主食は無税にすると言うなら(現実に英国などはそうだ)まだ話は分かるが、日本の新たな消費税制においては、むしろ高額所得者が軽減税率の恩恵を受けることになり、逆進性の緩和どころか格差の拡大を招くことは、すでに試算が示されているではないか。

「あれは結局、安保法制を作った際、土壇場で公明党の協力が得られたことに対する、一種の論功行賞じゃないですかね」

とまでM税理士は言うのだが、その詮索はさておき、連立与党たる公明党は、軽減税率が本当に逆進性の緩和に寄与するのかどうか、きちんと論証する責任があるだろう。

もうひとつ、税理士の立場から見て厄介なのは、税率が複雑化することにより、インボイス方式の導入が不可避になったことだという。

すでに国税庁は「複数税率制度に対応した仕入税額控除方式」と称し、平成33年4月1日より「的確請求書保存方式(=インボイス方式)」の導入を決めている。ひらたく言えば、適正な申告が行われているかどうか、帳簿を調べただけではいまひとつ信用できないから、請求書や領収書を全部調べさせろ、という制度だ。

これにより、小売業者が消費税の一部を還付してもらえることになり、また、大企業が下請けに消費税の負担を押しつけるような行為も抑止できる、という触れ込みになってはいる。しかしこれも、M税理士に言わせれば、

「こちら(税理士など)の仕事が煩雑になるだけで、手数料が増えるわけでもなく、迷惑な話。一方で、経営が苦しくて消費税を納められない事業主などは、片っ端から摘発されるリスクがありますね」

ということになる。大体、政府や国税庁の触れ込みがおかしいことは、少し考えれば分かることだ。日本中の中小企業がどこかの大企業の下請けで食べているわけではないし、また全ての大企業が消費税の負担を下請けに押しつけているわけではない。

「下請けイジメ」のようなことは現実にあるけれども、そういう一部の事実をもって、現行の税制全体が問題を抱えているかのように言うのは、詭弁というものだろう。それに、軽減税率の適用が始まるのは来年だが、インボイス方式が導入されるのはその4年後。「4年経てば、消費税負担を押しつけられることもなくなります」などと言われて納得できるほど、今の中小企業の経営は悠長なのか。

こうした、徴税・納税の両面にわたる事務の煩雑化と並んで、財源の問題も大きい。軽減税率を導入したことにより、試算方法によって多少の差はあるものの、1兆円規模の税収が失われることになる。この財源をどうやって手当てするのか、解決案は先送りとなったままだ。

何度でも言わせてもらおう。そもそも消費税とは、少子高齢化社会の到来を見据えて、福祉の崩壊を食い止めるべく、必要な財源を確保するためのものだったはずだ。ならば、この20余年の間に、わが国の福祉は多少なりとも向上するか、少なくとも後退することがあってはならなかったはずではないか。現実はどうか、などと今さら書き立てては原稿料泥棒になりかねないから控えるが、消費増税と抱き合わせのような形で、政府がなにを考えついたかと言えば、

「所得の低い高齢者に3万円ずつ支給する」

というバラマキ政策。ああ、なにをか言わんや。


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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