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.国際  投稿日:2016/12/18

多数決は本当に民主的なのか 世界の選挙事情 その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

前回、英国で採用されている単純小選挙区制の利点について述べるとともに、その利点はやはり英国の政治風土の中でこそ生かされているのであり、日本で制度だけ真似ようとするには、もろもろのハードルが高いであろう、と指摘した。

むしろ、この制度のデメリットにより注目すべきなのかも知れない。

この制度について、少しおさらいしておくと、各選挙区から一人の当選者のみとなっており、最多得票者が議員に選出される。他の候補者は、たとえ一票及ばなくとも落選。これがなにを意味するのかと言うと、全国で膨大な死に票が生じてしまうのである。にも関わらず、英国の有権者が制度改革を強く望まないのは、必ず勝者が決定する、というシステムが、やはりもっとも民主的だ、と考えられているからだ。 

政治というものは、少数意見を聞くとか、充分に論議を尽くすといったことだけでは不充分で、それぞれの局面で決断を下さねばならず、また、決断した政策は実行されねばならない。そうであれば、もっとも多くの有権者の信任を得た候補者に議席を与え、その決断を支持するのが正しいという議論も成り立つわけだ。

比例代表制については次回あらためて見るが、得票数に応じて議席を割り振るやり方の方が、一見すると民主的なように映る。しかしながら、この方法だと一党が過半数を占めるのがなかなか困難となり、連立政権を組まざるを得ない局面が多くなる。この結果、少数政党が政策のキャスティングボートを握ることになるわけで、これで民意が反映されたと言えるのか、という議論が起きるのは、理の当然だろう。

もちろん、単純小選挙区制が民意を正しく反映していると言えるか否か、これはまったく別問題だ。コンドルセのパラドクス、という問題がついて回るからである。フランス革命期の思想家、ニコラ・ド・コンドルセ(1743~1794)によって広く知られることになったが、「三つ以上の選択肢がある問題を多数決で決めると、しばしば多数派がもっとも望まない結論に至る」というものである。

話を分かりやすくするために、日本の政党名をあえて使わせていただくと、ある選挙区において、

自民党のA候補が40%

民進党のB候補が38%

共産党のC候補が13%

の得票であったと仮定しよう。この場合B,Cの両候補に投票した有権者は、「A候補(自民党の候補)にだけは、当選して欲しくない」

と考えている可能性が高い。しかし、言うまでもなく当選者はA候補である。別の言い方をすると、単純小選挙区制においては、たとえ過半数がNOを突きつけた候補者でも当選することがある。

英国の総選挙に話を戻すと、選挙区によっては1万7000票くらいで当選することが可能であるため、日本ではちょっと考えられないような当選者も出現する。たとえば北アイルランドの選挙区では、激しい反英テロを繰り広げていたIRA(アイルランド共和国軍)の政治部門であるシン・フェイン(ゲール語で「我ら自身」の意味)党が、今では4議席を得ているし、過去にはテロ容疑者が獄中から立候補して当選を果たした例まである。

これはいささか極端な例であるにしても、たとえば直近の、2015年の総選挙では、保守党が37%ほどの得票率で、過半数の議席を得た。労働党左派の支持者たちは、「63%は現政権にNOである!」

というスローガンのもと、デモや抗議集会を組織したと聞いているが、これなどは、どの口が言う、といった話だ。トニー・ブレア率いる労働党が18年ぶりに政権の座に就いた1997年の総選挙では、労働党が40%をわずかながら下回る得票率でもって、圧倒的多数(418議席)を得たのだから。

このような背景から、英国の第三党である自由民主党は、繰り返し比例代表制の導入を訴えてきた。この党は、かつて労働党を割って出た旧右派の社会民主党と、旧自由党系が大同団結して旗揚げしたもので、教育程度の高い中間層の支持を得ていたのだが、その分、特定の地域に支持基盤を持つ、というわけには行かず、毎度、得票率を大きく下回る議席数しか得られなかったのである。

それでも粘り強い院内活動の結果、2011年5月には、

「優先順位付きの複数投票制」への切り替えを提起して、国民投票の実施にまでこぎ着けるが、否決されてしまった。中長期的には、なんらかの制度改革が必要になるだろうと私も考えているが、当面の間、英国民が単純小選挙区制を見限ることはなさそうだ。

その1その2、も合わせてお読み下さい。)


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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