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経済  投稿日:2016/12/25

『日本解凍法案大綱』 4章 高野敬夫 その2

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牛島信(弁護士)

高野は夕方の6時を待っている。

「さすがに昼からは酒を飲む気になれなくってな」

夕方6時ちょうどになると高野のドリンクタイムが始まる。

シャンパンから始まる。

ルイ・ロデレール・クリスタルがお気に入りの銘柄だった。

「こいつは、昔、ロシア皇帝だったアレクサンドル2世も愛飲したそうだ。パリのアンバサドゥールで聞いてきた。贅沢三昧の皇帝の特注品で、クリスタルボトルのうえラベルも金色なら、毒薬を入れられるのを防ぐためとかで底がフラットと手がこんでいる。

確かに毒薬は怖かったろうよ。

知っているだろ。このロシア皇帝はナロードニキに暗殺されたんだ。1881年のことだ。テロだよ。殺した仲間にはヴェーラ・フィグネルという22歳の女性もいた。同志を前に『私は農民に交わろうとし、拒絶されました。どこで、なにをすれば人民のためになるのかを私に教えてください。私はなんでもします』と嘆き、最後は皇帝暗殺というテロに走ったわけだ。

大変な美女だ。しかし、彼女が美人だったことが気になること自体、自分が恥ずかしい気がするよ。20年間監獄に過ごして、また革命の世界に戻った。凄い人だ。20年間監獄にいて、90歳で死んだ。

殺された皇帝の子どもがアレクサンドル3世だ。パリにその名の金箔を貼った美麗な橋がある。作った男も殺された。ロシア革命だ。ニコライ2世という。

ああ、殺した側のレーニンもこのシャンパンを愛したそうだ。

シャンパンてのは、なんとも凄いもんだな。

それに、シャンパンは泡がでる。バブルを生きた俺にふさわしい。俺は自分の書斎を泡果庵と名付けている」

シャンパンを半分空けたところで、白と赤のワインを開ける。ブルゴーニュが多い。しかし、ボルドーのこともある。

シャトー・ラトゥールでなければシャトー・マルゴ―。でもいつもそうはいかない。だいいち、もう昔のようには飲めない。すると、おかしなものだが開けただけで手付かずってのが惜しくなる。金がないわけじゃないが、半分捨てると思うと栓を抜く気になれない」

運の良い男もいるものだ。運だけでないことは、誰よりも大木がよく知っていることだ。しかし、高野のことを思い出すたびに大木は運の良い奴だと思わないではいられないのだ。

だから、高野の母親が息子にむかって、「株、買ってやっておくれ」と気軽に言う気持ちもわからないではない。

「で、俺になにを相談しようっていうんだ?

譲渡承認請求をすれば、たいていは断られる。だから、価格交渉になって、最後は裁判所へ、ってことだ。法治国家だからな。すべて最後は裁判所に流れ込む。

それなら俺にとってはルーティンの仕事だ。ブレドゥンバターだな。パンとバター、日常の飯の種だ」

大木が先をうながすと、高野は、

「そんな目先のことじゃない。

俺はな、俺のやることには一理も二理もあると思う。

だってそうじゃないか。

墨田のおばちゃんはあんまりにも理不尽な目に遭ってる。墨田のおばちゃんは母親の無二の親友だ。だから助けてあげたい。

母親のおかげで俺は決心した」

「そうだな。

で、あんまりがつく理不尽てのは、どういうわけなんだ?」

「墨田のおばちゃんのご亭主が作った会社だったんだ。夫が死んでしまったので会社の専務として、夫の右腕だった義理の弟に経営を引き継いでもらった。なにせ100人以上の人間を雇っている会社だったからな。社員放り出すなんてことはできない。連中には代わりの仕事なんて簡単にみつからない。みつかったとしたって、給料は下がる。ほとんどは中年男で家族持ちだ。老いた両親を抱えて介護しているっていうのも少なくない。

だから義理の弟が会社を肩代わりしてくれるのを承知してくれたときには墨田のおばちゃん、正直いって有難くて拝みたいくらいだったそうだ。

ま、そりゃそうだよな。

株なんて、墨田のおばちゃんにゃなんのことだかわかりゃしない。

ご亭主がすべての会社だった。

株は、妻、つまり墨田のおばちゃんや家族に分散してあったらしい。税理士のお入れ知恵だな。相続税対策っていうので株の名義を散らすってのはよくある話じゃないか。実際に一文も金を出しちゃいないのを株主ってことにする。義弟も株主名簿のうえでは15%ばかり持っていることになっていたが、同じことだったらしい。

で、会社はうまく回っていた。結局、会社の株は税理士のアドバイスもあって、3分の1を義理の弟が、3分の1を墨田のおばちゃんが、残りを子どもたちが相続したそうだ。

ところが不幸なことにその義理の弟が死んでしまったんだ。

それまでの間に墨田のおばちゃんも子どもたちも、相続した株を少しずつ株を義理の弟に買ってもらっていたから、義理の弟が死んだときには半分に近い割合の株は彼の名義になっていた。

義理の弟の長男が会社を継いだ。墨田のおばちゃんは相変わらず金が要るようになると、その新しい社長になった義理の弟の長男に話して、少しずつ自分の株を売ってきた。

ところが突然、長男が買わないと言い出した。

それで困ってしまったってわけだ」

「そうか、長男は株の過半数を握っちまったってことか。もうそれ以上は要らないからな」

「そういうことだ。半分どころか3分の2は押さえたってことらしい」

「でも、創業者の奥さんだし、自分にとっちゃ義理の伯母さんになるんだ。買ってやりゃ良さそうなものだがな。もう老い先も短いんだし、伯母さん孝行にもなるじゃないか」

「そういう問題ではない。

長男が買わないのは、ギブン、与件だ。それがあるから、すべてが始まる。

ここでの問題は、他の誰にもその株は売れないってことだ。

正確には、誰にでも売れる理屈だ。そうだろう?

だが、現実には買い手なんかいやしない。

それでいいのか?オマエ、どう思う?」

高野は眉間に力を込めて皺をますます深くしながら、大木に問いかけた。

「俺はおかしいと思う。フェアじゃない。

そうじゃないか。

俺は断固墨田のおばちゃんの株を買ってさしあげる。

俺が買うのなら安くても税務署を通るんだろう?

会社が買えば、たとえ第三者をダミーに使っても、高い評価のはずだ。

それが大日本除虫菊の事件の意味だろう?」

「そういうふうに考えるのか。素人の強みだな」

「そうだ。誰でもはじめは素人なんだ。俺が昔土地を買って大儲けしたときもそうだった。プロと称する連中は、ちょっと値上がりすると『もう売り時です』と来る。そんなせっかちで軽薄な考えじゃ大きな金儲けはできない。」

「わかった。できるだけ高く会社に買い取らせればいいんだな」

「いや、金がたくさん欲しいってわけじゃない。そんなことはどちらでもいい。フェアな値段になればそれで十分だ」

墨田のおばちゃんが目の前で困っている。母親が助けて上げてくれという。俺にはそれができる。

俺にはそれだけでいい。もし500万より高い値段になったら、全額墨田のおばちゃんに差し上げる。もともと彼女に帰属していた価値だからな。ただし、弁護士さんの費用を引いて未だ余りがあったらって話だがな」

「たぶん、余る。

いい話だ。とてもいい話だ」

大木がちいさな声でつぶやいた。

(第5章 譲渡承認請求 につづく。最初から読みたい方はこちら

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この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ1975年:東京大学法学部卒業1977~1979年:検事(東京地方検察庁他)1979~1985年:弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事。)1985年~:牛島法律事務所開設2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更(現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士51名(内3名が外国弁護士)<専門分野>企業合併・買収、一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。

牛島総合法律事務所「少数株主対策チーム」 URL: http://unlistedstock.jp/

 

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牛島信

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