暴走する朝日新聞トランプ叩き
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカのトランプ新大統領はユダヤ民族虐殺者に等しいのか――
日本のニュースメディアのトランプ報道は過熱の一方である。トランプ新大統領の就任直後からの大胆な政策の数々には明らかに乱暴な措置もある。それらの政策の内容を冷徹に報じ、欠陥や弊害を論理的に批判することはメディアの責任でもあろう。
だからといってトランプ氏をナチスのユダヤ人大虐殺の張本人側になぞらえるのは明らかに扇情的な過剰報道だろう。いや報道という名にも値しない。民主主義的な選挙で選ばれたアメリカの政治指導者がそれなりに法律に沿って実行する措置はあくまで非暴力の範囲内だからだ。しかもトランプ氏がナチスと同じだという主張はたとえ比喩にしても、根拠がない。
しかし朝日新聞はトランプ叩きをそこまでエスカレートさせてきたのだ。1月29日朝刊のコラム「天声人語」のトランプ大統領糾弾は常軌と呼べる範疇を越えていた。アウシュビッツでの大虐殺の実行者をトランプ氏に重ね合わせていたのだった。
このコラムは1月27日がアウシュビッツ収容所の解放72周年だったことを取り上げていた。アウシュビッツ収容所とはいうまでもなくヒトラー総統下のナチス・ドイツが国策として実行したユダヤ民族抹殺計画の犯行の主舞台だった。
ポーランド領内のこの収容所で戦争中に合計110万人ものユダヤ人たちが殺された。同収容所は第二次大戦の終盤の1945年1月27日、ソ連軍部隊によって解放された。以来、1月27日には解放記念の式典が現地はじめ他の地域でも催されてきた。
「天声人語」はそのアウシュビッツについて次のように書いていた。
≪(前略)ユダヤ人たちはやがて強制居住区へ、そして強制収容所へと追いやられた。ポーランドにあるアウシュビッツ収容所は、人類によるおぞましい所業を象徴する場所である▼≫
≪数年前に訪れたとき、所員たちの精神的負担を軽くするための手立てに寒気を覚えた。銃殺でなく、ガス室へ送ることで流血を見ずにすむ。遺体の片付けを収容者にさせ、さらに距離を置く。鈍感の制度化であろう▼≫
≪アウシュビッツ解放から72年となった一昨日、国連の式典でグテーレス事務総長が述べた。「ポピュリズムが、外国人への嫌悪やイスラム教徒への憎悪に拍車をかけている」。思い浮かべていた顔はトランプ米大統領、あるいは欧州の極右政治家たちか▼≫
ナチス・ドイツによるアウシュビッツの大量殺戮の残酷さを持ち出し、国連事務総長の最近の演説へとつなげる。そのうえで国連事務総長の「ポピュリズム」とか「外国人への嫌悪」とか「イスラム教徒への憎悪」という言葉を引用したうえで、一挙にトランプ大統領へと「アウシュビッツでの虐殺」を連結させる。
この「天声人語」のカギの部分は国連事務総長の言葉の後の「思い浮かべていた顔はトランプ」という記述である。国連事務総長がアウシュビッツを想起しながら、現代の世界のポピュリズムを語ったとき、その事務総長が思い浮かべたのはトランプ氏の顔だろうと、この「天声人語」記者は断じるわけだ。
私もこの国連事務総長の演説の原文を読んでいたが、そこで最も強調されていたのは虐殺行為の犠牲になったユダヤ人に関連しての「反ユダヤ主義の台頭」だった。そこにはトランプ氏を連想させる記述はなかった。なのにトランプ大統領に直線で結びつけるのは、あまりに扇情的な誹謗の飛躍とでもいえようか。
トランプ氏の義理の息子のジャレット・クシュナー氏はユダヤ系アメリカ人である。そのユダヤ人の義理の息子をトランプ氏は大統領上級顧問に抜擢した。ユダヤ人をそれほどの身近におく人物がユダヤ民族大量虐殺の下手人たちと同列におかれ、連結までさせられるのだ。しかも72年以上も前の時代と現在との環境の違い、価値観や国際情勢の違いなどをすべて無視して、アウシュビッツを一気にトランプ大統領へと結びつける。
トランプ憎しのあまりの過剰攻撃であろう。こうした憎悪の言論こそがナチスの再現に似た時代環境をまたはぐくむともいえよう。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。