調査報道メディア「ワセダクロニクル」編集長に聞く (上)
安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト)
「編集長の眼」
今月突如誕生した調査報道に特化したウェブメディア「ワセダクロニクル」。早稲田大学ジャーナリズム研究所(所長・花田達朗教授)が運営する。取材費は全て寄付で賄うという日本では珍しいビジネスモデルを掲げ、注目されている。
第一弾の「シリーズ「買われた記事」は、一般社団法人共同通信社の100%子会社、株式会社共同通信社(以下、KK共同)が、共同通信社の配信記事の見返りに電通子会社から現金を受け取っていたとすっぱ抜いたもので、業界に激震が走った。一般社団法人共同通信およびKK共同は「当社の業務について重大な事実誤認があり、抗議文を出した」とコメントしている。
元朝日新聞社記者渡辺周編集長に話を聞いた。
■学生にジャーナリズム実践を教育
安倍:大学の中にジャーナリズムができるのって日本ではめずらしい。それについてはどうなんですか。早稲田大学のジャーナリズム研究所というものがあって、花田先生も設立にかかわられていると思うのですが、大学にメディアが所属しているという形なのか、それとももっとインデペンデントな形か、どちら?
渡辺:それはインデペンデントで、大学当局とは何か関係があるとかというわけではなくて、あくまでもジャーナリズム研究所の独立したプロジェクトになっているので。なので、別に早稲田と何か関係があって編集方針とは関係なくて。お金も全然大学からもらえなくて。取材も出したものについてはプロジェクトの責任者である僕が編集長として責任をとる形で。
だから大学の看板を借りて何かするというよりは、やはり大学を選んだのは、学生がジャーナリスト志望でいて、そのジャーナリズム教育みたいなものをこういう、実践の場を通してですね、もちろん実践だけではなくて座学的にある程度、計画を立てて取材手法とか倫理とかいうのを教えているんですよね。
安倍:研究所がですか?
渡辺:いや、ワセダクロニクルでも教えている。そこの学生メンバーに、実践もするけどただ実践はね、調査報道なので危ない取材とか敵対する相手への、批判対象への取材とかというのは一切させないですけど。資料の集め方とか取材手法とかというのを身近で、一緒になって勉強すると。そういうことで、昔はある程度会社に入ってですね、それぞれのメディアで教育を受けて一人前になっていくっていう。
僕も朝日新聞入って初めて記者になって、現場で教育を受けたんですけれども。だんだん全体状況の中で、やっぱりジャーナリストよりも会社員である自分というものが優先される兆候がだんだん増えてきたんじゃないかなと思っていて。そうするとやっぱり会社に入って教育を受ける前に大学でしっかり教育を受けてそれを糧にしてそれぞれの現場で活躍してもらうという循環ですよね。また現場に出てなにかしてまた大学戻ってきてもいいし、そういうローテーションというか、全体の底上げを図りたいという。だからワセダクロニクルだけなんとかうまくいってというわけではなくて、そこは人材の供給源を送り出すあれでもあり、というのが一つと。
もう一つは大学という場所が結構開かれたスペースなので。今度もまた、シンポジウムを18日にやるんです。1回目はなかなか人数の枠があるのでそんなに広く公募はしていないんですけど、これから定期的にイベントとかやりますんで、そうすると市民の方とか大学だったら来やすいじゃないですか、公共のスペースで、そういう場所としての魅力ですね。教育面と場所としての魅力、この2つですね。
■調査報道が自分のライフワーク
安倍:朝日にいたときはどちらですか、社会系・政治系?
渡辺:社会部系ですね。あとは調査報道でいうと特報部にいたので。ただ、どれか特定の専門的なとこをやっていたわけではない。
安倍:例の吉田調書問題、あれも関わられたんですか?
渡辺:いやあれは関わっていないです。
安倍:吉田調書問題も慰安婦問題も、そういう社風の問題も一つのきっかけになったんですかね?
渡辺:まぁ、社風というか。どうですかね、あの事件がどれくらい、調査報道に影響したかはわからないんですけれども。今思うと、あれの影響が0とは言わないんですが、構造的にだんだん経営も厳しくなってきてですね、人員も厳しくなってきて、そんななか時間をかけて、リスクもあって、お金もかかるというような、しかもそれがすぐ部数に跳ね返るわけでもなく、テレビでいう視聴率に跳ね返るわけではなくて、それに対してどれくらいの力を社として割くかというと、そこは朝日だけじゃなくてみんな下火になってますよね。
安倍:なるほど。お金かかりますもんね。
渡辺:そうすると僕がちょうど辞めたのが一年前で41歳の時ですから、ちょうど折り返し地点で定年はそこから20年ですよね。そこから先の20年って見通せなくて。それは会社の経営が、というわけではないんですけど。調査報道とかを自分のライフワークとしてやっていこうと思ったときに、果たしてこのままいてできるかというと、厳しいよな、と感じた。
安倍:かなり調査報道に力点を置いていらっしゃるんですけども今後もこれ一本?調査報道に特化したメディアとして追及していきたいと?
渡辺:はい。
安倍:BuzzFeed(バズフィード)みたいな他のメディアでやろうとは考えなかったですか?
渡辺:僕が転職して?あぁそういうことか。いや、ちょっとそれ今初めて思いついたんですけど。まあでも、1から作ってみたいというのもあったし。
安倍:なるほど。相当チャレンジャーですね。
渡辺:いやいや、無謀っていえば無謀なんですけど。
■記者はみんなボランティア
安倍:まさしく調査報道って金もかかるし人手もいる、10人くらいボランティアがいるって聞いているんですけどその人達は記者なんですか?
渡辺:そうですね。ただ関わり方はそれぞれで。べったり時間をさける人とフリーでほかに仕事を抱えながら(という人もいる)。ドキュメンタリー作家とか動画関係はそういう人もいるし。こればっかりやっているわけではないし。関わり方は様々なんですけど10人くらいいます。
安倍:どういう出身の方が多いんですか、内訳は?
渡辺:元新聞の人もいるしフリーの人もいるし。ただテレビの人はいないか。まぁ逆にそういうところは強化しなくちゃな、と思って、動画のプロも仲間になって。今回の動画、あれはけっこう作りこんでいるんですけど。
安倍:あれはカメラマンも行ったんですか?それともご自分で?
渡辺:いやカメラマンも連れて行って。
安倍:なんかいいアングルでね。
渡辺:そうなんですよ。
安倍:あおりで。この辺に(カメラが)あって。
渡辺:ほんとにみんなよく喋ってくれるんでありがとうございますというか。(笑)
安倍:いい感じでねぇ。あれじゃないですか聞き方がうまいというか。
渡辺:いやいやそんなことはないです。
■運営はあくまで寄付にこだわりたい
安倍:クラウドファンディング、結構集まってますね。
渡辺:そうなんですね。ありがたいです。
安倍:もう一桁上を目指されたらいいと思いますけどね。あくまでも寄付にこだわるんですか。
渡辺:そうですね。
安倍:会員制じゃだめなんですか?
渡辺:いや別にダメではなくて。クラウドファンディングってどうしても単発なので。恒常的に作ろうと思えばこれからは当然寄付会員。ただ一発目で認知度もないのでそこはクラウドファンディングを活用しようということで。将来的には寄付会員をどんどん増やしていきたい、継続して応援していってほしい。
安倍: A会員B会員C会員じゃないけど、寄付の額によって変えるとか?
渡辺:待遇ですか?そこまではまだ正直頭が回っていなくて。そういうことを考える人も必要ですよね。マネタイズということですよね、そこはそこで専門でやってくれているチームがいて、当然まあ編集長のぼくが方針を決めてやるんですけど、そういう具体的なところは、僕はやっぱり記者しかやったことがないのでそういうのは全く疎いので。
安倍:あくまでも寄付にこだわってあえて会員を募らないのかと思っちゃって。
渡辺:会員は会員ですけど、寄付会員ですね。韓国の調査報道メディア「NEWSTAPA(ニュースタパ)」もそれなんですよ。あれも寄付会員で、月1口1000円とかで、額は人それぞれでしょうけどそれが4万人いるわけです。恒常的に寄付が入ってくる。
安倍:4万ってすごいですよね。十分やっていける。毎月4000万円以上。で、ワセダクロニクルには研究所からお金出ているんですか?
渡辺:出てないんです。だから自分たちで自前で。招聘研究員がいくばくかの参加費を払っているんですけど、それ以外は自分たちで。だから、大学当局のお金が研究所に入ってそれが我々に回ってくることもないんですよ。
■独立した一人のジャーナリストを育てたい
安倍:さっき学生に教えているっておっしゃったのは、ワセダクロニクルとして教えているというわけですか?研究所として教えているわけではなく。
渡辺:いえ、研究所としてもたまにイベントをやったりとかあるんですけど、我々が今一緒に学生メンバーとして入れている子たちを実践を通してクロニクルとして教えています。
研究所のプロジェクトなのでワセダクロニクルも。その辺の建付けはややこしいかもしれないですけど、当然僕も招聘研究員なわけですよ編集長でも。
安倍:学生はインターン、ボランティア?
渡辺:インターンというわけでもないですよね。だから学生は別に単位が取れるわけでもなく、教育がメインなんですよね。あくまでも彼らの自発的なもの。学生を受け入れるにあたっては、研究所の花田先生とか所属している教授兼研究員、他大学の人が、自分のところの学生でジャーナリズムコースをとっていて、ある程度の基礎知識を身につけた上で、さらにやる気があってぜひ参加したい、という学生を推薦してもらっています。
安倍:ということは早稲田の学生だけではないんですね?
渡辺:そうですね。青学と、日大と、立教の教授が研究所にいてですね、そこの学生さんたちですね。
安倍:日本の大学ってジャーナリズム学科ってないじゃないですか。それに代わるような機能というかそういうものをお作りになりたいということですか?
渡辺:マスコミ学科とは違うと思っているんです。いわゆるジャーナリズム教育っていうのと、マスコミで働きたいというのとはまたちょっと違うと思っていて。それは独立した一人のジャーナリストを育てるためにはどうしたらいいかというところなんで。
安倍:彼らが新聞社に入るとか、テレビの記者になるとかというのは想定していない?
渡辺:いやいやそれはもうまったく。それはそれで、そこで働くことで現場があるわけですから。ただこちらの願いとしては、○○テレビの社員であるよりも、ジャーナリストである自分をしっかり大切にして、会社に入ってもジャーナリストである自分っていうのを行動基準にしなさいねと。会社に入って負けるなよと。
安倍:そこに軸足があるわけですね。なるほど。今後は渡辺さん一人だと、限界もありますよね。取材とか。もうちょっとメンバーを増やしていきたいとか?
渡辺:やっぱりただお給料が出せないので、そうするとなかなか厳しいので。どっちが先かっていうのがあるんですけど。お金が先か成果が先か。とりあえず今は成果をまずしっかり、こういう仕事をしていくんです、っていうことを皆さんにお示しして。そうじゃないと、お金を先に用意してスタッフを用意してっていっても、それではなかなかお金も集まらないし、やっぱりお金を払って寄付していただける方の気持ちも作品がちゃんとあった上でのほうが、やっぱり払う人の心持も違うでしょうし。
今はもうとにかくいい結果・発信を一つ一つ続けてそれにお金がついてきたら最高というか、それに従ってスタッフを拡充したり。記者だけいてもしょうがないですし。いろんな部門に必要だし、欲を言えばこういう人材も欲しい、こういう人材も欲しいってあるんですけど、まだ始まったばかりなのでそこは追々。
■調査報道をネットワーキングしていく
安倍:理想とするメディアはありますか?
渡辺:メディアっていうか、今GIJN (The Global Investigative Journalism Network)っていうのに加盟を申請しているんですけど、単体で何かやろうというのではなくて、日本ってどうしても会社割なので読売に負けるな朝日に負けるなフジに負けるなというのがあるんですけど、そこは連携できるところはどんどんこれから連携していければと思っていて。
だからワセダクロニクルだけではなくて、調査報道で何かこういうテーマやりたいというときは、それこそ安倍さんのところとかどこでもいろんなメディアがあるわけですね。状況が大きく違うのはたぶん、優秀なジャーナリストは今はもう外に出てるじゃないですか。長い間どこかの会社、安倍さんもそうですけど、がどんどんネットメディアに出ていっていて。それぞれのニュース組織を作って今奮闘しているわけで。そういうところは、どんどん連携しているとこはしていますね。それこそパナマ文書もそうですよね。一つの大きな会社がやったわけではなくて、調査報道のNPOとかが大同団結してやっているわけで。
安倍:プロジェクトベースのものがあってもいいと?
渡辺:そうですね。ジャーナリストの倫理みたいなものが共有できれば、どんどん提携して、まぁ競争は競争で大事だと思うんですけども、ちょうど今のメディア状況は、既存メディアから人がいろいろネットに流れていて。それぞれの試みをやっているわけだから、協同できるところは(協同していく)。
だから、GIJNも加盟団体は日本になかったんですよね。なんでかわかんないんだけど。ファクトチェックのオーガナイゼーションもないんですよ。日本って。日本報道検証機構だけなんですよ。
《調査報道メディア「ワセダクロニクル」編集長に聞く(下)につづく。このインタビューは編集長安倍宏行、編集部坪井映里香が2017年2月11日に実施したものです。》
*写真:ワセダクロニクル 渡辺周編集長©Japan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。