.国際  投稿日:2017/4/15

「アサシン」は実在したのか 暗殺の世界史その7

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林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・暗殺者=アサシン(英語)の語源は中世イスラム社会説。

・現代でもイスラム差別が存在する。

・宗教に無頓着なのは日本人だけ。

 

英語で暗殺のことをassassinationと言う。暗殺するという動詞はassassinateだ。

フランス語起源の単語だが、語源をさかのぼると、中世イスラム社会に存在したとされる「暗殺教団」がアサシンと呼ばれ、そのさらに語源は、暗殺者が恐怖心を麻痺させるために麻薬のハシシ(大麻樹脂)を使用したという伝説に由来する。

伝説と述べたが、厳密には、イスラムに対する偏見の産物に過ぎないと見る向きもあれば、ある程度まで史実を反映している、と考える人もいる。なにか決定的な資料でも発見されない限り、今後も長く、結論は出ないだろう。

マルコ・ポーロの『東方見聞録』に描かれた「黄金の国ジパング」の伝説が、近世ヨーロッパ人の冒険心と射幸心を大いに刺激し、大航海時代の思想的バックボーンのひとつとなったことは、よく知られている。

これと並んで、現在のイラン北部に拠点を置く「山の老人」と呼ばれる暗殺教団の伝説が、ヨーロッパの文化に大きな影響を与えた。暗殺者をアサシンと呼ぶようになったのもそのひとつであるし、イスラム社会に対して、ヨーロッパ文明の基準に照らしては理解しがたい、不可思議で怖ろしい風習を残している、との偏見を広めることにもなったのである。

ちなみに『東方見聞録』の原著は、著者も編者もイタリア人でありながら、中世フランス語で書かれた。アサシンという単語がフランス語由来とされるのも、このためである。ただ、この「アサシン伝説」がマルコ・ポーロによって創作されたとか、当てにならない伝説をあたかも史実であるかのように伝えたものだと考える人はいない。

と言うのは、12~13世紀にイスラム社会に侵攻した十字軍の将兵が、イスマイール派と呼ばれる暗殺教団の存在を伝えているからだ。『東方見聞録』が人々に知られるようになるより、100年あまり早い。

要するに、こういうことではないだろうか。

イスラム社会にしてみれば、十字軍とは侵略者に他ならず、占領された地域において、主に暗殺という手段で抵抗した勢力があったとしても、驚くには当たらない。暗殺とはテロリズムの一形態である。

ヨーロッパとは気候風土が大いに異なる中東への遠征で、戦死とは異なる形で命を落とした十字軍将兵は決して少なくなかったが、中には毒を盛られたり、寝首を掻かれた者も実際にいたのであろう。

そうした事態に直面した将兵が、姿の見えない敵に怯え、暗殺教団が暗躍している、と信じ込んだとしても、これまた驚くには当たらない。ただ、もともとイスラム社会に暗殺教団のごときものが存在したか否か、これはまったく別問題だ。

日本人について「サムライ・ハラキリ」のイメージが広まったのも、19世紀後半=幕末の一時期に「尊皇攘夷」を呼号して、西洋人にテロを加えた集団の存在によるところが大きい。そんな日本人は、当時でも総人口の1%にも満たなかったのだが、イメージとはそうしたものなのである。

話を戻して、現在でも西洋キリスト教社会は、イスラム過激派によるテロの脅威に直面しており、米国トランプ政権に見られるような、イスラム差別と言われても致し方のない「テロ対策」が試みられたりもしている。

しかしながら、十字軍による侵攻がなかったら、多分に伝説的な暗殺教団の存在が人口に膾炙するようなことはなかった。今さら十字軍を糾弾して、どうなるものでもないことは百も承知で、あえてこの問題に言及したのは、宗教的正義というものが、これまでいかに多くの犠牲を産んできたか、考えようではきわめて怖ろしい概念か、日本の読者とともに、少し考えてみたかったからである。

先日TVを見ていたら、イースターなんとかという商品キャンペーンのCMが流れていた。ハロウィンの次はイースター(復活祭)を盛り上げようというわけか、と苦笑せざるを得なかったが、そのように宗教に対して無頓着でおられるのは、今の日本人以外にあまりいないのだということを、まずは知らなければならない。

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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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