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.経済  投稿日:2017/6/24

【日本解凍法案大綱】24章 議員立法なる


牛島信(弁護士)

「いやあ大木先輩、高野先輩の託してくれた立法、大いにやってますよ」

大きな地声で知られた輿水衆議院議員からの電話だった。

「先輩の紹介してくれた大津さんて女性、すごいじゃないですか。それは一生懸命、健気にやってくれています。彼女と話していると、誰もがすぐに動き出さない自分が恥ずかしくなってくる。高野先輩もいい跡継ぎを持ったものです。

各党の先生方が動き出してくれています。議員連盟もできました。感謝しています」

輿水信一郎は自民党でも若手ナンバーワンとして知られていた。党の内外を問わず誰もがいずれ総理になる器だと認めている。本人も、未だ未だ若輩者だと謙遜を忘れなかったが、物事を知的に分析し理解する天性の能力に恵まれている。しかも、その結果やるべきだと自分なりに信じると、直ちに躊躇なく動く。その行動力は人間ブルドーザと言われた祖父譲りのものがあった。ぶれない男として仲間の厚い信頼を受けている。大木にとっては高校の良き後輩でもあった。高野にとっても同じことだったから、輿水が出馬した初めから二人して応援団を買って出ていたのだ。

非上場の少数株主に会社への買取請求権を与える。買い取らせる権利、売つける権利、といってもいい。それが議員立法の核心だった。目標は、日本中で凍結されたままになっている中小企業の資産を解凍することだ。全国の中小企業の経営者を経営の使命に目覚めさせ、世の中のためになる経営に奮い立たせること。そのためには、大きなムチで尻をたたく。しかし、それはすべて会社のためであり、日本のためであり、日本人のためであり、誰よりも経営という重い任務を担っている経営者自身の本物の人生のためだった。

『日本解凍』。高野の考え付いたこの言葉が、輿水の口から出ると勢いを持つ。

せめて相続時の相続人だけは売つける権利を持つという妥協案は、「高野さんはそんなものでは満足しません!」と言って、輿水が相手にしなかった。

議員立法で行こうと言うのも輿水のアイデアだった。

会社のことだから所管は法務省になる。上場会社の話ではないから、コーポレート・ガバナンスで活躍した金融庁は関係しない。経産省なら馬力もある。しかし、法務省というところはなにごとにつけ慎重なところで、任せていたらすぐには動かない。いろいろな省がからんでこじれてしまっては元も子もない。この件は、直ぐにでも解決して差し上げないと国民のためにならない。日本は凍り付いたままだ。

輿水はそう言って、自ら自民党内の仲間を誘い、さらに公明党にも働きかけてくれた。

「で、与党は固まったと思うんです。

次は野党です。議員立法ですからね、野党のみなさんにも理解していただかないと。もう議員連盟はできてますからね。大丈夫と言いたいところですが、ほら、政界は一寸先は闇です。

大木先輩にいっしょに動いてもらわなくっちゃなりません。大津理事長にも覚悟するように言っておいてくださいね。もっとも、彼女は高野先輩の魂がのり移っていますから大丈夫でしょうが」

「ああ、野党には弁護士も多いし、そうでなくても筋のとおった話だから議員の皆さんも必ずわかってくださるに違いないと信じてます」

「ま、そうだといいのですが。

いや、そんなことを言おうものなら高野先輩の、『お前に成し遂げるという信念が不足しているからだ』という怒鳴り声が聞こえてきます。

それにしても、高野先輩、大変なことを考え付いたものです。大木先輩の入れ知恵なのかもしれませんが、

亡くなられた高野先輩のためにも、不肖、輿水信一郎、粉骨砕身の思いでやります。きっとやります。これ、今の日本のためにどうしても必要なことですからね。

非上場会社の少数株主を救うのは、一種の世直しです。

見捨てられて人たちの権利を実現する。凍り付いた日本を解凍する。

中小企業のオーナーたち、公私混同をエンジョイしている怪しからん連中も、解凍すればシャキッとして経営に邁進します。

会社によっては不動産を手放すところもあるでしょう。高野先輩がいつも言っていたダンゴ屋の引っ越しですよ。

国土は誰のものでもない。国民みんなのものです。だから、現在たまたま地主になっている人たちは、より世の中のためになるように土地を使う義務があります。ダンゴ作りは個人でやるなら趣味でいいけれど、ダンゴ屋株式会社の経営は趣味だけじゃいけない。株式会社という特権をエンジョイしている組織だからです。銀座の土地の値段が上がってしまったら、その銀座で売れるダンゴを研究して開発する。そして利益を上げて少数株主にフェアに報いる。もしそれができなかったら少数株主に自己株取得をしてでも報いるべきです。そのために土地を売る必要があれば、不動産会社もゼネコンも喜んで協力しますよ。

上場会社も非上場会社も同じことでしょ、先輩。

51%にあぐらをかいちゃいけない。少数株主にフェアに報いることのできない会社は、会社制度を利用している資格がない。だから、少数株主から買い取ってくれと言われても知らん顔をしていることのできるような制度のままじゃいけない。解凍です。

法律専門家が七面倒臭く論議しているように、やむを得ない事情がある場合なんかに限定する理由なんて全然ありません」

大木は輿水の口からフェアと云う言葉が出たことを、なんとかして今は天空にいる高野に伝えてやりたかった。

代わりに大津紫乃に電話した。

「輿水先生が高野の遺した仕事を完成してくれそうです。あなたのお蔭です。高野の口ぶりそのままに、非上場の少数株主にフェアな取り扱いが保証されるような立法をするんだとおっしゃってました。フェア、って言葉を使って。

すべて高野が植えた樹です。いまはあなたが水をやってくださっている」

紫乃は恥ずかしそうに、

「あの人のためだと思うと、私、なんでもできるんです。怖いものなんかありません。いつもあの人がいてくれますから」

と電話越しに言った。その後、電話が切れる前に、ふーっと長いため息のような音が聞こえた。

 

立法は超党派の議員連盟が立ち上がってから半年でできあがった。大木弁護士と大津柴乃は、自民党から共産党まで、すべての政党を説得して回った。議員会館ということろは、入館手続きをとり、入り口の女性たちの一人に議員の部屋に電話を入れてもらって約束の確認ができて初めて中に入ることが許される。

エレベータに乗ると、扉の周囲にたくさんの議員の名前が何百と並んでいた。

「この議員さんたちのお名前の一つ一つが私を呼んでいる気がします」とエレベータの箱のなかで大津柴乃は大木弁護士にささやいた。大木はドアと天井の境を睨みつけたまま、黙って大きくうなづいた。

新しい法律で、株式会社の少数株主が会社に対して買い取ってもらう権利を有することになったのだ。買取価格の紛争が多発することが予測されたので、公認会計士と弁護士が中心の専用の仲裁機関も作られた。

 

大木は事務所の自分の部屋を出て、高野が訪ねてきた会議室に行って見た。

誰もいない。

高野を目の前にして自分が座っていた椅子に座ってみる。

「高野、今ごろそちらでどうしている?

もう非上場会社のことなんか忘れちまったかな?まさか天国だからって朝からドリンクタイムでもあるまい。

こっちでは、オマエが置いて行った仕掛り品を大津紫乃さんといっしょになって磨き上げたぞ。完成した。輿水先生のお蔭だ。

オマエ、なにもかもわかってて彼女と?

まさかな。

ただ、自分から苦労を背負い込む性分だったんだな。だからって奥さんを泣かすこともしたくない。相手の女性にも悲しい思いをさせたくない。

まったく、なんともご苦労なことだ。

ま、オマエは金があったから、それなりに尽くすことができたってことか。

しかし、そいつはオマエが本当に欲しかった女性との人生じゃなかったんじゃないか。あれほど好きになって、前の奥さんと別れてまでいっしょに暮らしたかった英子さんだったのにな。俺が彼女からどれほど愚痴を聞かされたか。オマエという男に、男ながらあきれた。それがある種の男のサガかと思うしかなかった。

オマエは知らないことだが、俺は英子さんを止めたんだよ。英子さんが別れたがっていたから、俺は言って差し上げた。

『誰といっしょになってもあいつはあんなだ。だったら、あなたが一緒にいてやるのが一番いいい』って。

英子さん、「私、二人目じゃなくって、最後の女性としてあの人の前に登場する役がよかった。何人目になるのか知らないけれど」なんて言っていた。その最後が大津柴乃さんなのかね。

なんにしてもオマエの地獄は、俺のように平穏無事に女房とだけ暮らしている極楽とんぼには理解できないとしか言えん。オマエは、それなりにきっと苦しかったんだろうな。地獄だものな。

だが、そんな日々は消えた。もうない。オマエはもういない。高野敬夫はどこにもいない。

だが、オマエが植えた樹は日々育っている。日本を救う樹だ。日本中の非上場会社、同族会社、中小企業が奮い立つ。氷に閉じ込められた日本が、融けた氷のなかから跳びだす。

いつだったか、忍び草の話をしたことがあったっけな。もうオマエにはどんな忍び草も見えも聞こえも、ましてや香りもしまいがな。

でもな、人の生活がこの日本で続く限り、会社制度が人に利用される限り、誰もがオマエがこの世に残した抜け殻に頼る。この法律がその抜け殻だ。セミが抜け殻を残して脱皮し、日がな一日を鳴き暮らして死んでしまうように、オマエは逝った。後にはオマエの人生の抜け殻が遺ったってわけだ。高野敬夫の姿、形そのまんまの抜け殻だ。

高野敬夫よ、オマエの人生はいい人生だったよな」

(最終回。23章「高野、倒れる」の続き。初めから読みたい方はこちら) 


この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)


〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。


牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/


「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html



 

牛島信

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