象徴天皇制を参考に? 金王朝解体新書その7
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・金日成から金正日への権力世襲は早い時期から決定していた。
・金正日は3代世襲を躊躇し、象徴天皇制を参考に一族の権威温存を図ったとの見方も。
・しかし、幹部離反もあり金正日は金正恩への世襲を決断せざるを得なかったという。
朝鮮戦争の経験から、北朝鮮の初代国家元首であるキム・イルソン(金日成)が、ソ連に頼っての社会主義国家建設という路線を見直し、チュチェ(主体)思想と称する、独自の一国社会主義に傾斜したことは、前回までに述べた。
そして、キム・ジョンイル(金正日)への権力の世襲は、かなり早い時期からの決定事項であったようだ。
キム・イルソンは1994年に他界するが、最晩年、少数の側近に対して、
「自分の後継者が、もしも主体思想に基づく路線から逸脱するようなことがあれば、拳銃で射殺せよ」
と語っていたとされる。
色々なことが言い得るけれども、日本的な感覚での「権力の世襲」とはややニュアンスが異なるように思えてならない。
一国社会主義建設を成し遂げるのは、自分一代では難しい。そうなると、思想の伝承という観点からは、自分の遺伝子を継ぐ者こそもっとも信頼できる−−キム・イルソンがこのように考えた、という推論と矛盾する証言などは、今のところ見当たらない。
一時期我が国の論壇では、朝鮮半島は儒教の伝統が根強いから、権力の世襲が容易だったのだ、という議論が人気を博し、北朝鮮の体制を「儒教共産主義」と呼んだ人もいた。
しかし、前にも紹介した韓国人ジャーナリストのヤン・テフン(梁泰勲)氏は、この議論を一刀両断する。
「共産主義の国で権力が世襲されるだなんて、韓国人の僕が聞いたって呆れかえるような話でして、儒教の伝統は、共産主義とも世襲とも関係ありませんよ」(『僕は在日〈新〉一世』平凡社新書より抜粋)だそうである。
彼に言わせればまた、韓半島(朝鮮半島)に世襲の伝統があるという発想自体が誤解で、歴史をひもとけばヤンバン(両班)と呼ばれる特権階級は存在したが、親が国務大臣なら子供も国務大臣になれる、というようにはなっていなかったという。
しかしながら現実には、3代にわたって権力が世襲された。この点についても、最近になって韓国の情報公開が進んで、興味深い証言が伝わってくるようになった。
2代目となったキム・ジョンイルは、指導部の中に、中国のように市場経済に傾斜した方が国益にかなう、という考える者が増えてきていることは承知していた。とは言え、自分の権力基盤が「チュチェ思想の伝承」にある以上、安易な路線転換はできない。
同時に彼は、3代世襲までは考えていなかったのだという。
南北の首脳会談を実現したり、日本の小泉首相と会談して拉致問題で一定の非を認めるなど(その裏で、山ほど嘘を並べたが)、国際社会に復帰したいという思いは、確実にあったのだろう。
3代世襲までは考えていなかった、というのも、父親が敷いた路線を放棄した、との非難を受けることなく、北朝鮮をより現代的な国家に生まれ変わらせるためには、集団指導体制に移行する他はないが、では自分の息子たちはどのような立場になるのかと言えば、なんと日本の象徴天皇制から想を得て、
「わが一族は、チュチェ思想の正当性を象徴する存在として、権威のみ残ればよい」
との構想を描いていたというのである。
読者もよくご存じのように、1980年代後半以降、北朝鮮の経済が完全に破綻したことが明らかとなり、庶民から幹部まで、脱北が相次いだ。
これにより、北朝鮮における独裁政治の内情も,広く知られるようになったのである。
上記のような構想をキム・ジョンイルが持っている、という話も、1990年代の終わり頃には、韓国情報部の知るところとなった。
しかし、報告を受けた時の韓国大統領キム・デジュン(金大中)は、
「そんなことが可能だと、本気で考えているのだろうか」
と、しきりに首をひねっていたという。
そのキム・ジョンイルも、2011年暮れに他界。
後継者問題では最後まで悩んでいたが、相次ぐ幹部の離反もあって、結局は3代世襲を決断せざるを得なかった。
こうして、まだ20代の独裁者が誕生し、自信の権力基盤を強固にすべく、腹違いの兄を暗殺した。
事実は小説よりも奇なり、では済まされない話である。
(本記事は、その1、その2、その3、その4、その5、その6の続き。)
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。