2017総選挙ファクトチェックプロジェクト
国際  投稿日:2017/11/12

激震マレーシア マハティール神話見直し

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大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・マレーシアのマハティール元首相の発言や現職時代の事件に対し謝罪や訂正を求める動き活発化。

・ナジブ首相側が政権批判を強めている元首相に対し反転攻勢に出ているとの見方あり。

・首相側は来年8月予定の総選挙の前倒しも画策、マレーシア政局は流動化。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真や出典のみ記載されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37072で記事をお読みください。】

 

マレーシアでマハティール元首相(93)の最近の発言や現職時代の事件に関連して公式の謝罪や訂正を求める動きが最近急に活発化して、マハティール元首相周辺をあわてさせている。元首相支持者らの間からは、来年8月にも予定される総選挙の前倒しを狙うナジブ・ラザク首相側が政権批判を強めている元首相に対し、反転攻勢にでているのではないか、との見方が強まっている。

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▲写真 ナジブ・ラザク マレーシア首相 2012年 flickr : Firdaus Latif

元首相の発言にはインドネシア副大統領も強く反発、訂正と謝罪を求める動きも出るなど外交問題にもなりつつある。

20年以上に渡る長期政権を維持したマハティール元首相は、自身の有力後継者だったアンワル元副首相を切り捨てたが、最近同じくかつての盟友で国防相など有力閣僚だったナジブ現首相への批判を強めている。そして「敵の敵は味方」ではないが、アンワル元副首相との関係を修復、「反ナジブ」の共同戦線を組むまでになっている。

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▲写真 アンワル・イブラヒムマレーシア元副首相 2013年 flickr:Firdaus Latif

来年に予定される総選挙に向けてナジブ陣営とマハティール・アンワル陣営による水面下の丁々発止の攻防がすでに繰り広げられており、今回のマハティール謝罪要求はこうした野党共闘に不協和音を起こす政権側の狙いもあるとみられている。

マレー半島西海岸中部、首都クアラルンプールを囲むセランゴール州の州議会は11月2日、捜査当局に対しマハティール元首相を1948年制定の「扇動・治安妨害法」違反の容疑で捜査するよう求めた。これは10月14日に行われたナジブ首相の金銭スキャンダルを糾弾する反政府デモに関連してマハティール元首相がナジブ首相を「ナジブは海賊であり、盗人であり、犯罪者でもあるブギス族の子孫だ」と演説で批判したことを問題視した要求だ。

セランゴール議会は捜査要求の中で「ブギスという一定の民族に対し、憎悪や対立を煽るこの発言は社会の混乱と治安悪化を招く問題発言である。元首相としてもっとこの国のブギスの歴史を知るべきだ」と厳しく指摘している。

 

■ ブギス出身のスルタンも反発

さらに同州のスルタン、シャラフディン・イドリス(Sharafuddin Idris)もマハティール批判を展開している。「マレーシアの全ての政党、政治家は国の調和と統一を乱す要因になりかねないこのような(マハティール元首相のような)発言はするべきではない」「ブギスは歴史的にマレーシアの宗教と自由、平和のために勇敢に戦ってきた事実があるが、今回の発言はそうした事実を歪めている」として発言の訂正と謝罪を公式に求めているのだ。

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▲写真 シャフラディン・イドリス氏 2017年 Photo by Baba.jace

シャラフディン氏はブギス族の末裔として知られる人物だ。ブギス族というのは14世紀頃から記録がある航海術に秀でた海洋民族で、東南アジア海域でかつては海賊として活動。現在では主にインドネシア・スラウェシ島に居住しているがマレー半島など王朝を築くなど各地にその末裔がいる。

州議会やスルタン、さらにマレーシアのブギス人組織などから捜査要求が出されたことについてマレーシア警察はこれまでのところ一切コメントしておらず、マハティール元首相への事情聴取も行っていないという。

 

■ インドネシア副大統領も訂正・謝罪要求

さらに11月7日には、隣国のインドネシアユスフ・カラ副大統領までもが「ブギス人としてショックを受けるとともに、マハティール元首相も発言は侮辱でもあり、訂正と謝罪を求める」と不快感を示し、外交問題にもなりかねない状態になっている。

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▲写真 ユスフ・カラ インドネシア副大統領 出典:Government of Indonesia

カラ副大統領は南スラウェシ州マカッサル出身のブギス人として知られ、元首相の発言が副大統領自身、身内、ブギス人全体に対する見過ごすことのできない侮辱であるとの立場を明らかにしている。

インドネシア国内のブギス人団体は今のところ表立った抗議は表明していないものの、カラ副大統領の要求に今後マハティール元首相側がどう対応するのか、その成り行き次第では今後さらに反マハティールの声が高まることが予想されている。

 

■ 30年前の弾圧事件でも謝罪要求

こうした「ブギス発言」への反発に加えて、11月2日にはマレーシア地元紙によると、著名な社会活動家イリーネ・フェルナンデス(Irene Fernandez)さんの娘タニヤさん(Tania Jo Maliamauv)がマハティール元首相に対して1987年10月27日から始まった治安部隊による弾圧事件「ララン作戦」の公式謝罪を要求していることを伝えた。

この「ララン作戦」はマハティール政権の不良債権、憲法改正、与党内部の内紛などで反政府色を強める野党関係者、社会活動家、NGO幹部など106人が検挙され、新聞や雑誌が発禁処分を受けた事件である。大半の検挙者は60日以内に解放されたが、マハティール首相の政敵とされた中国系野党「民主行動党(DPA)」のリム・キットシャン(Lim KitShang)=現党顧問=も当時約2年拘留された。

報道によるとタニヤさんは「当時の事件について責任追及も謝罪もない。当時関係した政治家としての誠意の問題だ」として当時のマハティール首相に謝罪と責任の所在の明確化を求めているという。

30年前の事件に関するこうした動きがなぜこの時期突然浮上したのかは明らかではないが、タニヤさんと一緒に謝罪を求めている当時拘留され、暴行を受けたという女性活動家は「現政権を批判して野党勢力として総選挙に臨もうとしている以上、マハティール氏にはこうした過去の問題にけじめをつけてほしい」と同紙に話している。

マハティール元首相が謝罪要求を突きつけられている「ブギス発言」に「30年前の弾圧事件」とは一見関係ない二つの事案に見える。だがいずれも長期政権を維持し、「日本に見習えというルックイースト(東方政策)」などでマレーシアの経済発展に大きく貢献したという国民の間の根強い「マハティール神話」を崩す、あるいは見直そうとする動き中でとらえると、背後にナジブ政権の思惑が見え隠れしていると地元記者は解説する。

そのナジブ首相は国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB:1Malaysia Development Berhad)に関連した不正資金流用問題での野党や欧米の厳しい追及もなんとか無難に交わし、与党基盤を強化しながら来年8月予定の総選挙の前倒しも画策しているという。

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▲写真 1MDB CEO Arul Kanda氏 出典:1MDB HP

一連のマハティールへの攻勢で野党勢力の弱体化や亀裂、神話の翳りが今後広がれば、そのタイミングで総選挙に踏み切り「野党の伸長を抑え込む」のが狙いという。マハティール元首相の今後の対応を見据えながらマレーシア政局はさらに流動的になってきた。

トップ画像:マハティール元マレーシア首相 2008年 Photo by Samul Said

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この記事を書いた人
大塚智彦Pan Asia News 記者

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

 

大塚智彦

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