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.国際  投稿日:2018/3/8

メイド虐待死で関係悪化 インドネシアvsマレーシア   


 大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

 

【まとめ】

・マレーシア人雇い主によるインドネシア人メイドへの暴力が後を絶たない。

・インドネシア政府はマレーシアへのメイド派遣中止の構え。

・メイドを巡る2国の関係には感情的なしこりも背景にある。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=38808で記事をお読みください】

 

 

インドネシアとマレーシアの外交関係が悪化している。マレーシア国内でメイド(家政婦)として働くインドネシア人女性が雇用主のマレーシア人から受けた虐待が原因で死亡する事件が直接的な原因で、インドネシア政府は当面メイドのマレーシア派遣を中断する構えを見せ、マレーシア政府は「冷静な対応を」と呼びかける事態になっている。

 

インドネシア女性のメイドを巡る問題では、過去にもインドネシア側が同様のケースで派遣を一時中止したこともあり、インドネシア人のマレーシア人への嫉妬、対抗心という内面も絡み、深遠で複雑な問題の一面が浮かび上がっている。

 

 栄養失調で21歳インドネシア人家政婦死亡

 

2月10日、マレーシアのペナン州でメイドとして働いていたインドネシア人女性、アデリナ・イエミラ・サウさん(21)が衰弱しているのを隣人が発見、警察に通報した。警察に保護され、ブキット・ムルタジャム病院に収容されたアデリナさんは、翌11日、治療のかいなく死亡した。

 

医師の所見や死亡後の解剖によって死因が栄養失調、多臓器不全、貧血であることが判明また隣人が「屋外のベランダで犬と一緒にアデリナさんが寝起きさせられていた」と証言したことなどから、警察は雇用主の36歳の女性とその義理の母(66)など家族3人の身柄を拘束、殺人容疑で調べを進めている。

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写真)ブキット・ムルタジャム病院
出典)GoogleMap

 

これまでの捜査で、アデリナさんは約2カ月間十分な食事を与えられず、屋外で寝起きを強要されたほか、腕には塩酸のようなものをかけられた跡があったという。

 

アデリナさんは、2014年9月まで正式な手続きを経てマレーシアでメイドとして働いていたが、一時帰国後は非公式仲介者の紹介でペナンの雇用主の家で働いていた。非公式業者を通したため正規の労働ビザも所持せず、年齢を偽装していた疑いも出ている。

 

こうしたことからアデリナさんの遺体が戻った出身地の東ヌサテンガラ州クパンの警察は、現地の非公式業者の男女の身柄を拘束して調べを続けている。

 

 事態改善求め外交文書を発出

 

 非公式業者の仲介とはいえ、マレーシアの雇用主によるアデリナさんへの虐待は明らかで、インドネシア政府は事態を重く見てマレーシア政府に外交文書を発出した。文書では事件を「悲劇的な出来事」としたうえで同様事案の再発防止容疑者への公正な法の裁き③マレーシアで働くインドネシア人労働者の人権保護などを求めている。

 

 インドネシア政府労働者派遣保護庁によると、2017年にマレーシアに派遣されたインドネシア人労働者は88,991人に上る。女性は家政婦、男性は肉体労働者として働いているが、同年だけで69人が出稼ぎ中に死亡している。

 

 マレーシアでは約25万人の女性が家政婦として働いているがその大半がフィリピン人とインドネシア人の女性で、イスラム教徒であることやマレーシア語とインドネシア語が酷似していることからインドネシア人女性の家政婦の人気が高いという。

 

 だが、マレーシア人雇用主、中でも中国系マレーシア人による家政婦への暴力、虐待の事例が後を絶たず、2018年だけですでにアデリナさんを含めて8人が死亡する事態となっている。

 

 マレーシアの首都クアラルンプールにあるインドネシア大使館のルスディ・キラナ大使は「ジョコ・ウィドド大統領に対し、メイドのマレーシア派遣の一時中止を進言する」と強硬姿勢を見せている。インドネシアは過去にも同様の虐待事件を受けて2009年に派遣の一時停止を決めたものの、2011年から再開した経緯がある。

 

現在、両国間では2016年から新たな労働者派遣に関する取り決めの合意に向けた調整が続いているが「マレーシア側は全然(合意に)前向きではない」(ルスディ大使)ことから最終合意に至っていないという。

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地図)インドネシアとマレーシアの位置関係
出典)GoogleMap

 

 嫉妬などの心理的要因も

 

 インドネシア人の間には、多くの肉体労働者、家政婦がマレーシアに出稼ぎに行くという現状について「マレーシア人労働者がインドネシアに出稼ぎにくるケースはほとんどないのに、なぜインドネシアからは出稼ぎにいくのか。我々はマレーシアより貧しいのか」という感情的なしこりも問題の背景にはある、とインドネシア人記者は説明する。

 

 言語はほぼ同じ、イスラム教徒が多数で、文化的共通点も多いインドネシア人とマレーシア人だけに、雇用者と被雇用者という「上下の関係」に置かれる肉体労働者、家政婦を巡る関係には「嫉妬や競争心、対抗心のような納得できないものがある」というのだ。

 

 こうした心の問題もあり、今回インドネシア政府は強硬な姿勢を崩していない。しかしマレーシア側は「アデリナさんの事案はあくまで特殊な事例で、容疑者は法に従って処罰する」との立場を示し、「派遣の一時中止は冷静に判断してほしい。マレーシアにとってもインドネシアにとっても懸命な選択ではない」とアフマッド・ザヒド・ハミディ副首相は派遣の一時中止に反対する考えを表明している。

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写真)アフマッド・ザヒド・ハミディ マレーシア副首相兼内務大臣(左)と岸田外務大臣(右・当時)(平成28年6月1日)

出典)外務省

 

 近く行われるマレーシアのハミディ副首相とインドネシアのハフニ・ダキリ労働相の会談の行方が注目されている。

 

 

写真)マレーシア ペナン州
出典)photo by Tys


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