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.国際  投稿日:2018/5/11

北朝鮮 欺瞞と虚偽の歴史


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・金正恩は米韓両国そして中国への微笑外交に転じた。

・北朝鮮は協定や条約の前段階の交渉プロセスから利益を引き出す。

・北朝鮮の言葉上の非核化の言明や平和条約への希望は全く信用できない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40000でお読み下さい。】

 

北朝鮮問題がいよいよ大きく動き始めた。韓国はもちろんのことアメリカや日本をも揺るがせる。戦争の危険さえはらんでいた北朝鮮情勢がいまや一転して、和平や和解へと向かいそうにもみえるのだ。この変化のなかで日本はどのように身構えればよいのか。

現在の流動的で混沌ともみえる情勢を正確につかむには、まず数歩、身を引いて、問題の出発点に近いところからの俯瞰が有効だろう。

いまの激動の根源は北朝鮮の核武装と長距離ミサイル開発への動きである。その新たな脅威はこの特異な独裁国家の無法性、好戦性との相乗で東アジアという地域だけでなく、アメリカ本土への危険性という国際危機にまでエスカレートした。

この危機にわが日本はどう対処すべきか。その指針は当然ながら日本国の安全保障、その主体たる日本国民の安全と平和であろう。そのなかには日本国民の悲願ともいえる北朝鮮による日本人拉致事件の解決も含まれる。

文中1

写真)「政府に今年中の全被害者救出を再度求める 国民大集会」で挨拶する安倍首相 2018年4月22日

出典)総理官邸

北朝鮮の最近の最も顕著な敵対的な言動はアメリカに対して展開されてきた。日本をも、「核兵器で日本を海に沈める」などと脅してきた。

だが金正恩朝鮮労働党委員長は今年2月ごろから態度を一変させ始めた。米韓両国そして中国への微笑外交に転じた。3月には韓国政府高官が「金正恩委員長が『恒久的な非核化』を基本にトランプ大統領との会談を求めている」とトランプ政権に伝えた。トランプ大統領はこの米朝首脳会談に応じる意向を表明した。表面だけみれば一気に雪解けの観だった。

北朝鮮の豹変の理由は明白にトランプ政権の「最大圧力」と「軍事オプション」による威圧への懸念や恐怖だとみるのが妥当だろう。

北朝鮮は4月20日、核兵器や長距離ミサイルの実験中止を宣言した。日本やアメリカを含む国際社会の大方はこの言明を歓迎した。北朝鮮の核兵器破棄、つまり非核化への前進だろうとする歓迎だった。

しかしこの宣言にこそ北朝鮮の読み方のカギが隠されていた。核やミサイルの実験停止の理由として「核の兵器化の完結」という表現がさりげなく記されていたのだ。核武装はもう完結したから核実験は中止するというのだ。日米両国などが求める非核化とは正反対の意図のようなのである。

北朝鮮の言葉と行動の違いには最大限の警戒が必要である。この点こそ朝鮮半島情勢への適切な対応の大前提だといえる。

私は1990年代以来、ワシントンを拠点に北朝鮮の核武装とアメリカの反応を考察してきた。その過程では北朝鮮が「核放棄」を公式に誓いながら、実際には核開発を続けるという欺瞞と虚偽のパターンをみてきた。今回の北の軟化ぶりをみて以下の言葉を思い出した。

「北朝鮮は得たいものを得るには協定や条約を結ぶことではなく、そのための前段階の交渉プロセスから利益を引き出す」アメリカ政府を代表して北朝鮮との裏交渉に長年、かかわった専門家チャック・ダウンズ氏のコメントだった。いまの状況がまさにこの「前段階の交渉プロセス」に合致するのである。

文中2

写真)チャック・ダウンズ氏

出典)LinkedIn

ワシントンの大手研究機関「AEI」の上級研究員として北朝鮮の動向を長年、研究してきたニコラス・イーバーシュタット氏も北朝鮮の言葉と行動の不一致への警戒を呼びかけていた。北朝鮮がこれまで拘束してきた韓国系アメリカ人3人を解放して帰国させることを認めた5月9日の時点での論評だった。

文中3

写真)ニコラス・イーバーシュタット氏

出典)AEI

「北朝鮮が3人のアメリカ人の人質を解放したからといって、祝いの言葉を述べるのはまだ早い。今回の解放措置だけをみて北朝鮮がアメリカの交渉相手として信用できるなどと思うのは幻想に近い。北朝鮮はこれまでの長い年月、アメリカや韓国そして国際社会に対して平和や友好の名の下に融和的な言動を何度もとってきた。だがいつもそのたびに北朝鮮は自国の勝手な都合次第で、その融和的な言葉、とくに公約の類を平然と無視し、違反し、さらには踏みにじってきたのだ」

文中4

写真)解放された3人の米人を迎えるトランプ大統領

出典)Twitter @WhiteHouse

だから北朝鮮の言葉上の非核化の言明や平和条約への希望というのはまったく信用できない、というのである。アメリカ側の専門家たちのこうした慎重な対応は日本にとっても指針とするべきだろう。

 

TOP写真:金正恩委員長と会うポンペオ米国務長官 2018年4月27日出典)Twitter @WhiteHouse 

 

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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