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.国際  投稿日:2020/8/4

中国潜水艦、海自の水中電場センサーで発見?


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・ 海自は日本は静音行動を尽くした中国潜水艦を探知した。

・ 水中電場センサー、水中磁気センサー、熱尾流による探知の可能性がある。

・ 海自の秘密主義から保有を秘匿している可能性もある。

 

日本はどのようにして中国潜水艦を発見したのだろうか?

防衛省は6月20日に中国潜水艦の接続水域通過を発表した。「奄美群島において太平洋から東シナ海に潜航潜水艦が通過した。日本領海には入らなかった」内容である。

この発見は音響探知の結果と推測されている。南西諸島線に配置した水中聴音機で中国潜水艦の騒音を聴取した。一般的にはそう考えられている。

だが、そう信じ切ってよいのだろうか?

音響以外の手段で探知した可能性もあるからだ。例えば水中電場センサー、水中磁気センサー、熱尾流利用である。

 

■ 水中聴音機による探知

潜水艦発見は水中聴音機の成果と見なされている。これは海底に設置された聴音専用ソーナーだ。具体的には国産のLOQ-6やその後継型である。それにより潜水艦の所在を掴んだと理解されている。

なによりも探知能力は際立っている。軍艦や航空機投下型のソーナーとは較べものにならない。まず高感度である。静粛下困難な50Hz以下の振動や静粛化不能の0.1Hzの水中圧力変化も探知しうる可能性がある。その上、設置環境も雑音極小の海底と最高の条件にある。

そしてこの水中聴音機は南西列島に設置されていると見られている。米国の世界的水中監視網SOSUSの南西諸島線配置は公然の秘密であった。南西シフトをとる日本も同様の整備をしていると考えられている。

だから中国潜水艦の接近を察知できた。そのように理解されているのだ。

写真 SOSUS配置図

しかし、本当にそうなのだろうか?

そこには懐疑の余地がある。南西列島に水中聴音網はあると疑われている。そこでは中国潜水艦は徹底的に音を出さないようにする。それを海自は探知できたのだ。

このため「音響以外の手法で探知したのではないか?」とも疑えるのである。

 

■ 水中電場センサー

では、海自はどのような方法で潜水艦を探知したのだろうか?

まず考えられるのは水中電場による探知である。艦船は海水中に僅かな電流を流している。それを感知し潜水艦を見つけるやり方だ。

潜水艦の場合は電流発生源は三つとなる。第1が船体の腐蝕電流と対策として流す防蝕電流、第2がアース不良による海中漏電、第3が地磁気中の船体運動による電流発生である。

水中電場センサーはそれを感知する。UEPと呼ばれる微弱電圧またはELFEと呼ばれる脈動の周波数成分を測定する。後者はスクリュー回転に伴う腐蝕/防食電流の電圧変動や漏電電流への交流成分影響により生じる。

手法としても実績がある。50年以上前よりアメリカ、カナダ、ソ連で利用が始められている。

探知距離も比較的大きい。70年代で5km、80年代には10km程度が期待されていた。(*1)

その点で非音響による潜水艦探知としては筆頭の立場にある。日本が音響以外で潜水艦を探知した場合もまず第一に予想される手法なのである。

写真 水中電場センサーは昔から氷海用として使われていた。ソ連が50年代に機雷用として、60年代に米加が潜水艦探知用として利用した。写真は北極海で浮上するUSS Hartford。出典)米海軍写真(撮影:Adam Bell)

 

■ 水中磁気センサー

次が水中磁気センサーによる探知の可能性だ。鋼製の艦船はどうしても磁気を伴う。それを感知して潜水艦を発見する方法である。

これは日本でも利用されていた。旧海軍はガードループと呼ばれる器材を利用していた。また古い海図を見ると戦後にも利用された形跡がある。

今日のセンサーは能力も高い。例えば潜水艦にコイルで逆磁気をかけ磁気を消しても対抗できない。その場合でも鋼製の潜水艦は周囲の地磁気を集めてしまう。今様のセンサーはそれも探知できるのだ。(*2)

これも非音響探知の手段として考えられる手法である。

 

■ 熱尾流監視

最後が熱尾流の探知だ。これは上空から潜水艦航跡を温度センサーで探すやり方だ。

潜水艦が通過した海面には熱の形跡が残る。原潜であれば航跡は高温となる。原子炉冷却水が海面まで到達するからだ。電池駆動の在来型潜水艦では逆に冷温となる。水中にある低水温海水がスクリューで撹拌され海面まで押し出された結果だ。

その温度変化を哨戒機等で発見する。以前は原潜の熱排水だけが探知できるとされていた。だが最近の監視用温度センサーの分解能は0.001度まで向上した。通常潜水艦が巻き上げる冷水も発見できる可能性も生まれている

今回はこの熱尾流で発見した可能性もある。原潜なら哨戒機または衛星、在来潜なら哨戒機で海面水温異常を発見した。それを「潜水艦らしい」と判断し確認追尾したのかもしれない。

写真 スペースシャトル「チャレンジャー」。1984年の段階で宇宙から原潜を排熱水で探知している。出典)NASA

 

■ あるべきセンサーがない不思議

以上が潜水艦探知で用いられたかもしれない手法だ。

もちろん在来手法で探知したと考えるのが自然だ。水中聴音機や哨戒機投下型ソーナーで探知した可能性が最も高い。

ただ、静粛化を尽くす中国潜水艦を探知できた。その点で非公表手段による探知も疑えるのである。

また存在を疑う理由は充分にある。

なによりも本来あるべきものがない不思議がある。海自は対潜戦に力を注いでいる。また他国でもこの手のセンサー利用は進められている。だが海自はその研究や整備について一言も公表していない。

そこに海自の秘密主義を加味すれば「あり得る」とも考えられる。在来型の聴音式水中監視システムすら存在を含めて徹底秘匿している。それからすれば最新式の電場センサー以下はそれ以上に隠すはずである。

写真 青森県の龍飛警備所。巷間では水中聴音機があるとされる。なお、筆者は宿舎工事の調整等で二度入ったが噂の当否は知らない。知る必要がない内容であるので聞く必要はない。余計なことは知るべきではないので配電盤ほかの電力供給容量も見ないようにしていた。

 

(*1) 電場センサーは米英独とスウェーデン、スペインの企業で製造されている。その精度はUEP感度で最高0.1ナノボルト/m、ELFEの探知範囲は0.001Hzから3000Hzである。

(*2) さらにその上の対策もあるが効果は限定的だ。消磁作業の仕上げで潜水艦に僅かな地磁気反発成分を残す。あるいは通電コイルで反発磁場を発生させる方法もある。ただ、それでも潜水艦の近くでは微妙な地磁気擾乱を引き起こす。高精度センサーではそれを感知できる。その点で確実性は高い。ちなみに中文資料には「日本は80年代に津軽海峡と対馬海峡に磁気センサーを設置した」とする話もある。

写真 中文資料によれば対馬海峡には津軽海峡とともに80年代に磁気センサが設置されたとする話がある。王濤「日本海洋監視与海岸防衛能力(上)」『現代軍事』2015年8期 pp.80-90.出典)グーグル・アースより対馬海峡付近をキャプチャーし色付けしたもの。

トップ写真:中国の039型潜水艦。NATOは「宋」型と呼んでいる。その後に静粛化を進めた039A「元」が整備され今では更に徹底した039B型の存在が噂されている。写真はWIKIMEDIAより入手。 出典:Wikimedia Commons; SteKrueBe CC BY-SA 3.0


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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