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.経済  投稿日:2015/12/28

中国の“債務爆弾”に備えよ~特集「2016年を占う!」中国経済~


 

田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)

「田村秀男の“経済が告げる”」

執筆記事プロフィール

米国連邦準備制度理事会(FRB)は12月に利上げし、2008年9月のリーマンショック後の質量両面にわたる史上空前絶後の超金融緩和に終止符を打った。この結果、2016年の世界景気はどうなるか。最大の焦点は中国の債務爆弾である。中国経済は過去7年間、余剰ドルの副産物、巨大債務の海にどっぷり漬かってきた。

国際決済銀行(BIS)の最新統計によると、主要国・地域のうち、中国の非金融機関債務の増加規模は群を抜いている。債務を増加させているのは中国と米国だけで、あとは軒並み債務規模を縮小させている。総債務残高そのものは中国が15年6月末で25.8兆ドル(企業債務は17.2兆ドル)、国内総生産(GDP)の2.43倍。前年比では14%増、3.15兆ドル(同2兆ドル強)増である。驚くべきは企業債務で、国内総生産(GDP)で米国の約6割の中国が米国の12.5兆ドルをはるかにしのぐダントツの世界最大だ。

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中国企業債務をGDP比でみると、15年6月末で1.6倍である。それではぴんと来ないかも知れないが、1980年代後半から90年代にかけてのバブル時代の日本企業のそれは1.4倍(90年)だったので、ぞっとするような規模の金融バブルである。

もちろん、資本主義経済の成長は債務の増大で支えられる。企業は借金をしては設備投資し、雇用を増やして行く。その結果、需要が創出され、高度成長に導くという好循環となるなら、「よい債務増大」と評価できる。ところが、それが「悪い債務」に転化したのがバブル経済である。それはちょうど正常な細胞が癌細胞に変わって増殖するのに似ている。「バブルは破裂してから始めてバブルと定義できる」とグリーンスパン元FRB議長は嘆いたほど、「よい」から「悪い」ほうへの転換点の見極めは難しい。だが、中国バブルは目を凝らせばはっきりする。

債務膨張の主因はデフレ圧力による。企業の借り入れ金利は14年秋の6%が1年後には4.35%まで下がったが、製品価格指数は13年末にマイナスに転じた後、下落幅は広がる一方で、15年10月には前年比マイナス7.4%となった。この結果、企業にとっての実質金利負担は12%近い。

日本ではバブル期、バブルを通じてありえない異常な高金利だが、中国の場合、国有企業は党幹部の口利きで銀行から返済繰り延べや追加融資を受けられる。さらに高利回りの理財商品発行によって資金難から当面は逃れる。BISによると、理財商品を含む中国の国内債務証券発行額は15年3月末で4.7兆ドルに上り、前年比で10%伸びている。特に、不動産業大手が債務証券発行を急増させている。「世界の工場」部門は膨大な過剰設備、不動産業界は地方を中心に売れない不動産の過剰在庫と、重圧の中で、不良債務だけが膨らむ。

海外からの借り入れが焦げ付けば、世界の株式市場に衝撃が広がる恐れがある。中国側の統計によれば、対外債務は銀行融資・証券合わせて1.3兆ドルで前年比21%増と、これもまた膨らんでいる。1件でも「デフォルト」となれば、たちまち中国全体の債務の巨大さが国際社会で問題視されよう。ことに中国市場の不透明さが世界の混乱を増幅することは、上海株暴落時のケースから見ても明らかだ。

習近平政権は、16年から本格的に業務が始まる中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に活路を求めている。欧州やアジアなど主要国が参加したAIIBは一応、アジア開発銀行のような多国間国際金融機関である。その看板を掲げて国際金融市場から資金調達して、加盟国に融資し、そのインフラ設備を中国企業が受注するというシナリオだ。しかし、世界最大の資金の出し手である日本と、ドル金融の総本山米国が参加していないと、超低金利で長期のインフラ資金を調達するには障害がある。現に、AIIB債を発行しようにも、米格付け機関からの格付けを得られていない。北京はやむなく、韓国での縁故債募集で業務開始にこぎ着けようとしている。しかし、それでは、調達額は数億ドルにとどまり、初年度15億~20億ドル、5~6年後の年間1100億~150億ドル融資計画からはほど遠い。

となると、中国の債務問題緩和策は限られる。手っ取り早いのは人民元の大幅切り下げだ。そうすれば国内産業界の輸出増強とデフレ圧力を緩和できる。その元は16年10月から国際通貨基金(IMF)・特別引き出し権(SDR)構成通貨となる。IMFは、元を数年後には変動相場制に移行させるよう求めているので、この際、管理変動相場制を放棄して、市場実勢にまかせるまま元安を放置すればよい。ところが、そうは行かない。資金流出は止まらず、人民銀行は外貨準備を取り崩して元を買い支えざるをえない。「元安容認」となると、資本逃避に加速がかかる。外準は14年6月の4兆ドルから15年11月には3.44兆ドルまで落ち込んだ。約5兆ドルとみられる外国からの負債を考慮すると、外準はないのも同然だ。

米利上げを受けてドル相場は円、ユーロなど主要通貨に対して上昇基調にある。中国がドルにほぼ連動させる外国為替市場の管理変動相場制を続けると、元高によるデフレ圧力がかかる。今後、米国が追加利上げに踏み切ると、中国の債務不安はさらに深刻化する恐れが十分ある。

日本としては、中国の債務爆弾に振り回されないよう、16年には思い切った内需拡大策に踏み出すべきだ。年間80兆円の国債を買い上げる日銀緩和策も、民間の売却可能な国債保有額は約220兆円だから、限界が見え始めている。法人税実効税率の引き下げについては、外形標準課税の拡大など、事実上の増税との組み合わせだ。2017年4月の消費税率の10%への引き上げに合わせて、加工食品を含む食料品への軽減税率の導入を決めたが、消費税率2%分の年5.4兆円の消費者負担が1兆円程度少なくなるだけの話である。6〜7兆円の一般会計税収増からすれば3.3兆円の補正予算も緊縮財政の枠内だ。安倍政権が急ぐべきは緊縮財政・消費税増税路線の放棄である。

*文中図表:©田村秀男


この記事を書いた人
田村秀男産経新聞特別記者・編集委員

1946年高知県生まれ

1970年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て2006年12月に産経新聞社に移籍、現在に至る。

その他、早稲田大学大学院経済学研究科講師、早稲田大学中野エクステンション・スクール講師を兼務。

主な著書:『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む日米中関係』(扶桑社新書)、『世界はいつまでドルを支え続けるか』(同)、『「待ったなし!」日本経済』(フォレスト出版)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP出版)、『財務省「オオカミ少年」論』(産経新聞出版)、「日本建替論」(共著、藤原書店)、『反逆の日本経済学』(マガジンランド)、『日経新聞の真実』(光文社新書)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、「日本ダメだ論の正体」(共著、マガジンランド社)、「消費税増税の黒いシナリオ」(幻冬舎ルネッサンス新書)、「人民元の正体」(マガジンランド)、「中国経済はどこまで死んだか」(共著、産経新聞出版)、「世界はこう動く 国内編」(長谷川慶太郎氏と共著、徳間書店)、「世界はこう動く 国際編」(同)

田村秀男

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