保育現場の声を聞こう(上) 日本の待機児童問題その3
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
R先生は、三多摩地区の私立幼稚園で教諭を務めている。
保育園に入れない待機児童の問題が深刻化する一方、幼稚園は定員割れを起こす例もまま見受けられるという。そうであれば、以前から取り沙汰されている「幼保一体化」は、非常に有効な解決策ではないのだろうか。
しかし、現場で頑張ってきたR先生は、言下に否定する。
「混ざらない色を無理矢理に混ぜようという発想には、賛成できません」
どういうことか。
もともと待機児童問題の原因のひとつは、保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省の管轄になっているため、フレキシブルな受け入れ態勢がとれないことだと言われてきた。よくある「縦割り行政の弊害」だというわけだ。
しかしながら、現場の声を聞くと、また違う側面も見えてくる。
R先生の意見を要約すると、一口に保育と言っても(幼稚園でも保育と表現する)、幼稚園には教育機関の側面もあり、だからこそ文科省の管轄なのだが、そもそも幼稚園教諭と保育士とでは、資格を取るために受けてきた教育の内容からして、かなり異なる。
「一部の自治体では、幼保一体化した〈こども園〉がすでにありますが、現場はやりにくくて苦労しているみたいですよ」
というのが実情であるらしい。
端的に言うと、1歳児から6歳児まで同じ施設で保育するというのは無理が多い。小学校も1年生から6年生までいて、1年生と6年生とでは、違う世界に住んでいるようなものだが、同列には考えられない、ということなのだろう。
「経営のことだけで言えば、幼保一体化利益を得る幼稚園もあるのでしょうけど、現場で長年頑張ってきた者として、賛成しがたい面も多々あるのです。これは是非、発信して欲しいですね」
政策論争になっている、保育士の給与を5万円引き上げる、という案についてはどうか。
「それは、我々幼稚園教諭の分も含めて、是非とも上げて欲しいですね」
と言下に答えた。
「僕はこの仕事を16年続けてますが、ぶっちゃけ年収は400万ちょっとなんですよ」
今の仕事に注ぎ込んでいる時間とエネルギー、その成果に対して、どれくらいの年収ならば見合うと思うのか。
「まあ500万超えれば納得ですし、ずっとこの仕事を続けようというモチベーションにもなりますかねえ」
給与(月給)を5万引き上げれば、年収60万円ほどのアップになる。
もう少し具体的に言うと、現在の正社員の平均給与が29万円ほどであるのに対して、保育士は資格を求められる職業であるにもかかわらず、平均21万円ほどしか得られていない。この数字だけ見れば、給与の一律5万円引き上げは暴論ではまったくない。税負担を問題視する声も聞かれるが、その議論のおかしさは前回指摘した。
しかしベテランのR先生は、クギを刺すことも忘れない。
「一時的に(給与が)5万円上がっても、将来の展望がなければ、定着率が劇的に改善されるかどうか分かりませんし、待機児童の問題がすぐに解決するとも思えませんね」
さらにR先生が憂慮するのは、外国人労働者を賃金抑制圧力として利用する政策が採られる可能性だ。現実に、人手不足が深刻な介護職では、外国人を採用する動きが出てきている。
「僕自身は別に、外国人に偏見を持ちませんが」
とR先生は語る。
「保育士や幼稚園教諭の仕事について、子供と遊んでるだけじゃないか、みたいな偏見が払拭されてないんですよ。給料が安いのも、日本人でなり手が少ないなら外国から呼んでくればいい、みたいな発想も、とどのつまり誰でもできる仕事だと思われているからで」
「そもそも待機児童問題の議論を聞いていると、働くお母さんの利益ばかり語られている。それももちろん大切なことですけど、子供が主人公じゃないのか。僕が声を大にして言いたいのは、実はその事なんです」
次回、この議論を掘り下げてみたい。
(「保育現場の声を聞こう」+下 に続く、全2回)
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。