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.社会  投稿日:2016/9/27

情報公開こそ最良の安全対策 自壊した日本の安全神話その1


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

ここ数日、TVの情報番組は豊洲新市場の盛り土問題で持ちきりだ。もともとこの用地では、1950年代から80年代にかけて都市ガスを製造・供給する施設が稼働していたため、副産物による土壌汚染が指摘されていた。

そこで、用地を地下2メートルまで掘り下げて汚染された土壌を除去し、さらに盛り土をして4.5メートルまできれいな土を入れる、という計画が公表されていた。ところが、この盛り土がされておらず、地下には巨大な空間があって、しかも染み出た地下水が溜まっている有様だったのである。

都民はもとより、計画に関与した専門家たちも知らないところで、設計変更が行われていたらしい。2009年から2010年にかけてのことで、当時の石原都知事を議会に喚問せよ、との声もあるが、石原氏自身も詳細を知らなかった可能性も指摘されている。いずれにせよ、3ヶ月ほどの間に「密室」で設計変更が行われたことは間違いないようだ。

どうしてこのような設計変更がなされたかと言うと、かなり早い段階から、技術系の専門家の間からは、地下空間が必要だ、との意見が出ていたという。配管などの他、近い将来なんらかの不具合が生じたような時に、重機を入れることができるようにしておいた方がよい、ということらしい。

今更のように、この判断を肯定的に紹介する「専門家」もいるようだが、問題の本質はそういうところにあるのではない。地下空間があった方がよいというなら、都民にそのように説明を尽くすべきであった。

もちろん、食の安全は担保されるという大前提での話である。盛り土をするから安全だ、と繰り返し訴え、その工事のために膨大な予算が計上され、いざ移転直前になったら、実は盛り土がされていなかった……リフォーム詐欺よりひどい話ではないか。

こういうことをしておいて、くみ出された地下水に含まれていた有害物質は全て環境基準値以下だ、などということをいくら言っても、もはや誰も信用しない。いや、信用しないと言ってはいささか語弊があるかも知れないが、「その基準自体、信用に足るものなのかどうか」と考えてしまうのが、自然な発想というものなのだろう。

風評被害はよくない、といった声も聞かれるが、3.11後に福島の農産物が被った風評被害と、今次のそれは、やはり問題の質が違う。福島のそれは、原発事故によって引き起こされた副次的な被害だが、豊洲市場の場合は、基準値がどうこうではなく、誰の目にも、「食の安全よりも経済効率を優先させた結果ではないか」と映るからである。

もちろん、移転推進派とされた人たちを含めて、市場関係者の大半もこの事実を知らされていなかったわけだから、彼らに落ち度はない。しかし、東京五輪を控えての、築地ブランドに代わる「豊洲ブランド」がまったく地に墜ちたのは、自業自得だと言うべきではないだろうか。

さらに度し難いのは、もしも小池都知事が当選を果たせなかったら……という問題があることだ。自民党が強く推していた「マスコミ出身者などでなく、官僚出身の実務能力に信頼が置ける知事」であったなら、この問題は移転後かなりの期間、明るみに出なかった可能性すらある。

たまたま市場移転の利権を握っていると噂が絶えない人物と、小池新知事が対立関係にあり、パフォーマンスなどと批判されつつも拙速な移転に待ったがかかり、安全性が検証し直された結果として、今次の問題も浮上したのだから。

これを要するに、行政の不手際による人災、とりわけ風評被害のようなことを防ぐには、情報公開こそ最良の安全対策なのだ。しかしながら目下の日本は、特定秘密保護法の成立など、市民が行政を監視する権利までもが奪われようとしている。

日本の安全神話は崩壊した、という言葉を、幾度聞かされただろう。

私の記憶が確かならば、阪神淡路大震災、そしてオウム真理教による地下鉄サリン事件が立て続けに起きた、1995年あたりから人口に膾炙しはじめたのではないか。

本当のところ、安全神話などというものが存在したとして、それは災害やテロによって崩壊させられたのではなく、自壊したのではないだろうか。今次の盛り土の問題で、私はその思いを一段と強くした。


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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