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.国際  投稿日:2018/5/6

「掌返し」はもはや病理ではないか サッカー日本代表のカルテ その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・協会はワールドカップに向け、チームを上向かせるカードをもはやハリルは持っていないと判断したのでは。

・任命責任も説明責任も果たさない協会の態度と、一部サポーターの「掌返し」が問題。

・西野新監督は4年先、8年先のワールドカップで優勝候補と呼ばれる日本代表の礎を築くべき。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39884でお読み下さい】

 

ハリルホジッチ(以下、ハリル)前監督の記者会見を見た。

スカパーで生中継され、様々なサイトに録画がアップされたので、ご覧になった方も多いだろう。

かつて、代表監督候補として名前が取り沙汰されながら、いわゆるマスコミ辞令を反故にされた外国人指導者が、協会は「腐ったミカン」だと憤懣をぶちまけたことがある。

今次の会見も、この時と同様かそれ以上に、ハリルが怒りを爆発させるのではないかと予測した向きが多かった。これまでの彼の言動から、十分に考えられたことであったが、しかしその予測は外れた。終始淡々と、とまでは言えないものの、懸命に感情の高ぶりを抑えながら話している様子が伝わって、急に同情論が高まったように思える。

私にとって、会見の内容自体は「まあ、こんなものか」と言ったところで、シリーズ第1回で書かせていただいたことが裏付けられただけであった。それでもなお驚かされたのは、強化委員会の存在と役割について「よく知らなかった」というハリルの発言で、解任理由とされる「コミュニケーション不足」は、監督と選手との間で生じた問題ではなく、最初から監督と協会との間にあったのではないか。

ハリルが本田圭佑、香川真司といったスター選手を積極的に使わないことに、スポンサーが危機感を持った、などという週刊誌報道もあったが、これははっきり言って眉唾ものだ。

スポーツ・ジャーナリストで協会の特任理事でもある中西哲生氏が、4月29日の『サンデー・モーニング』(TBS系)で述べたことを概略紹介すると、「そんな簡単に監督をクビにしたりはしない。(協会は)様々な角度から精査して、ワールドカップ本大会に向けて、チーム状態を上向かせるカードをもはや(ハリルは)持っていない、という結論を下したのだろう」となる。まず間違いなく中西氏の見立て通りだろうと、私も思う。

ではなにが問題なのかと言うと、ひとつには第1回で述べた通り、任命責任も説明責任も果たさない協会の態度で、いまひとつは、これまでハリルの選手起用を非難して解任論をとなえていた一部サポーターが、会見を見て急に同情論に傾くという「掌返し」である。

同情までは分かるにしても、ハリル解任の影の主役は本田圭佑であると決めつけ、今度は彼に対して批判的な書き込みがネットで拡散するというのは……

2010年南アフリカ大会のことを思い出さずにはいられない。当時の監督は岡田武史氏であったが、ハリルと同様、直前の強化試合で結果が出なかった。その結果、一部サポーターは監督解任を求める署名活動まで始め、監督自身、協会に進退伺いを提出したのである。

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▲写真 岡田武史氏 出典:FC IMABARI

しかしこの時、協会が出した結論は「続投」で、また、監督自身も本大会直前に、それまでの日本代表の売り物だった攻撃的なパス・サッカーを放棄。中盤の選手として台頭してきていた本田圭佑をフォワードで起用する一方、最終ラインと中盤の底の間にアンカーと呼ばれる選手を配置する守備的な戦術に転換し、本大会にのぞんだ。

結果は、2勝1敗で1次リーグを突破。準優勝したオランダにこそ敗れたが、0-1という大善戦で、相手の主力選手をして、「ボールを持った次の瞬間には囲まれてしまう。まったく苛立たしい相手だった」と言わしめた。組織力で相手のチャンスを潰すスタイルは、見事に機能したのである。

決勝トーナメント1回戦は、パラグアイ相手に延長でも決着がつかず、PK戦で苦杯をなめたが(これは公式記録では引き分けとなる)、この結果ネット上では「岡ちゃん、ごめんね」という書き込みがあふれた。見事なまでの掌返しで、この言葉は同年の流行語大賞候補にまでなった。

とどのつまり、ハリルには同じ事を期待できない、と協会が判断した結果としての解任であったわけで、中西氏の発言もこれを裏付けたものだろう。これでは私も、今次のワールドカップでたとえよい結果が出ても(選手のコンディション次第では1次リーグ突破もあると思う)、「西野さん、ごめんね」とは口が裂けても言わないぞ、と決意を新たにする他はない。

この決意を覆すことがあるとすれば、それは西野監督が今次の大会で結果を残した時ではなく、逆に、敗軍の将の汚名に甘んじたとしても、4年先、8年先のワールドカップで優勝候補と呼ばれるような日本代表の礎を築く選択をした時だ。具体的には、10歳から5年近くをFCバルセロナの下部組織で過ごし、現在はFC東京、そして19歳以下の日本代表で才能を開花させつつある16歳の久保建英

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▲写真 久保健英氏選手 出典:FC東京

オランダ1部リーグで9得点を記録し、その突破力と得点力を、あのマラドーナになぞらえて「マラドーアン」と呼ばれるまでになった19歳の堂安律

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▲写真 堂安律選手 出典:FCフローニンゲン

彼らを代表に招集し、たとえテスト投入でもよいから、ワールドカップの実戦とはどのようなものかを体験させることができるかどうか。それが出来たなら私は、「西野さん、あなたは偉大な指導者です。批判的なことを書いて済みませんでした」と言う覚悟がある。日本サッカーのためなら、それこそ掌返しと言われようが構わない。

同じ理由で、近視眼的に直近の試合結果しか見ることができず、一喜一憂どころか掌返しを恥とも思わない一部サポーターなど、本物のサッカー好きではないと私は断言する。一部の解説者もそうで、この時期の親善試合の内容や結果など、どだい当てにならないのだ。

ワールドカップで結果が出なかったら、サッカー人気が凋落するなどと言う向きも多いが、それも違う。1992年にハンス・オフトが代表監督に就任し、「ワールドカップ本大会出場がノルマ」と自ら語った時、取材記者の間から失笑が漏れたことをご存じか。あの時、どれほどの日本人が、海外の名門クラブで同胞が活躍する現在の姿を想像できたか。今こそ、次なる飛躍に向けて、真剣に準備を進める時なのである。

トップ画像:ハリルホジッチ氏 Photo by Богдан Заяц


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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