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.社会  投稿日:2018/11/24

「シャブ山シャブ子騒動」思考停止のメディア


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

【まとめ】

・人気テレビドラマが覚醒剤依存症患者をデフォルメして放送。

・ネット上で話題となり「シャブ山シャブ子論争」と呼ばれた。

薬物の恐ろしさばかり取り上げ「回復」の観点ない報道は問題。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42937でお読みください。】

 

■ 「シャブ山シャブ子騒動」とは

2018年11月7日に放映された、テレビ朝日系人気ドラマ『相棒 Season17』の「シャブ山シャブ子騒動」をご存じだろうか。ドラマの中で、40代女性覚せい剤依存症者がハンマーでベテラン刑事を殴り殺し逮捕されるのだが、取調室でこの女性が幻覚を振り払うようなしぐさをしながら「シャブ山シャブ子です!17歳です!」などと口走るのだ。その上、取り調べをしている刑事が「責任能力を問えない可能性がある。」とまで発言する。

このシーンがTwitterで評判になり、「怖すぎる」「あまりにリアル」と「シャブ山シャブ子」というキーワードが、一時トレンド入りまでした。

これに対し、薬物依存症治療の第一人者である国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦先生や、私がネット記事で、実際には「あのような薬物依存症者はいない。」「間違ったイメージと偏見を増長する。」と反論すると、この論争が国会の衆議院厚生労働委員会でもとりあげられ、立憲民主党の初鹿明博議員が「このような報道は薬物依存症に苦しむ人達を傷つけ、偏見を増長するのではないか?」と質問し、根本匠厚生労働大臣が「薬物依存症者の偏見是正につとめる」と回答する事態となった。

国会で審議にまでなったことから我々はこれをチャンスと思い、アルコール、薬物、ギャンブルの研究者・支援者で作る「依存症の正しい報道を求めるネットワーク」より謝罪等を求める要望書を番組宛てに送付した。この要望書提出の動きを朝日新聞が報じると、一部のネット民が我々にバッシングを仕掛けてきたが、すぐに番組プロデューサーが直接電話をくれ、話し合いの場がもたれることになった。その報告記事をネットメディアに配信すると、批判が一気に終息した。これが「シャブ山シャブ子論争」と呼ばれた事の顛末である。

我々の発信に対し、コメント欄などをみるとそのほとんどが批判的なものであり、中には電話やメールで罵倒してくる人もいた。しかし新聞各紙及びネットメディアによる有識者のコラムなどではこの問題の本質が捉えられ、「表現の自由は守られねばならぬが、今回のような社会的にバッシングを受けやすく、偏見にさらされている薬物依存症者などに対しては、いくらフィクションとはいえ番組制作者は配慮すべき。」というものであった。

また、実際に日本民間放送連盟「放送基準8章 表現上の配慮」には、「(56)精神的・肉体的障害に触れる時は、同じ障害に悩む人々の感情に配慮しなければならない。」との記載がなされている。

 

■ 「デイリー新潮」の主張

これら一連の騒動の最中、まるでゾンビのように描かれた薬物依存症者に対し、それを肯定するかのような記事をだしたのが「デイリー新潮」である。(参考:2018年11月15日掲載ウェブ記事)薬物依存症の専門家のコメントではなく、暴力団問題を得意とするノンフィクションライターらの著書から一部抜粋したものを掲載し(注:インタビューではなく単なる抜粋である)、さらには統合失調症や躁鬱病などの精神疾患までことさら危険視するような人権侵害レベルの記述までしている。

またこれもある著書からの抜粋に過ぎないが、「彼らの多くは『他人を傷つけたわけじゃないし、自分で覚醒剤を買って自分で使うのに、ぼくの身体がどうなっても、そんなの、ぼくの勝手じゃないですか』と弁護人に食ってかかるという。」という一部を抜き出し、「薬物依存症者=自分勝手」という実に単純な論理を展開している。

しかし、少年らがこの言葉を吐くことは、薬物依存症の治療や支援に関わるものなら誰でも知っていることで、それだけ薬物依存症者の中には、過酷な成育歴例えば、激しい暴力や虐待、実の親や近しい人からの性虐待、または親が何度も刑務所に入ったり、ネグレクトされるなど、生きていくことが非常に辛く困難な状況下に置かれている青少年がおり、生きることに絶望し、薬物依存という「緩慢なる自殺」という手段を選んでいるのである。ゆえにこの言葉は「自分なんかどうなってもいいじゃないか!」という大人に裏切られ、傷つけられ、誰も信じることができなくなった、少年たちの心の叫びなのである。

そういった薬物依存症の背景や実態も知らず、都合よく文字面だけを切り取って書かれた記事に対しては非常に憤りを感じる。

しかも結論は相も変わらず「『シャブ山シャブ子』問題に注目が集まったこの機会に、改めて覚醒剤の危険性に目を向けるべきだろう。」というものであった。この記事を書いた人は、おそらく自分の頭で考えることをやめ、時代の進化に目を向ける事なく、昭和のままの価値観で止まっていると思われる。仮にもマスコミに関わる人間が、このようにありふれた結論を導き出す事に疑問を感じないのであろうか?まるで、小中学校で地域の警察官が行うおざなりな薬物乱用防止教室のようである。いや警察官ならまだ「それしか言いようがない」という立場も分かる。しかし仮にもマスコミの人間が、十年一日同じことを言い続けて、全く事態が好転していない現実に疑問を抱かないのであろうか?と不思議でならない。

実際は、デイリー新潮が言っていることの真逆で、日本の薬物政策の大問題は、薬物の恐ろしさばかりに焦点があてられ、対策が単なる「脅し」と「見せしめ」「懲らしめ」しかなく、「回復」といった観点が全く示されてこなかったことにある。

▲写真 【東京税関】日本人男性による覚醒剤密輸事件を摘発(平成30年11月2日発表)覚醒剤 約2.355グラムをスーツケース両側面部に隠匿し密輸入しようとしたが税関検査において発見・摘発されたものである。 出典:財務省関税局税関

 

■ 日本の薬物政策の問題点

ここまで数々の問題点をあげてきたが、なんといっても最大の問題点は、「華やかな有名スポーツ選手や芸能人であっても薬物の依存症が抜けなければ、同じ運命をたどる。メディアへの登場を許されず、事実上の失職に追い込まれ、配偶者から離婚を迫られ、子供からも遠ざけられる。すなわち家族を失い、無職となり、孤独死やのたれ死にを宿命づけられる。依存症から完全治癒し、何カ月か、何年か後、現実社会に復帰を許されるのはごく少数である。」という日本の闇について触れた部分である。

海外では、薬物事犯であってもリハビリ治療を受け、いくらでも社会復帰を果たしていることを多くの日本人がご存じであろう。ロバウトダウニーJr.やコリンファレル、エミネムなどスーパースターが薬物依存を克服したと告白し、欧米諸国、そして日本人までもがそのことを好意的に受け止めている。しかし何故か日本人は日本人に厳しく、一度でもレールを外れた人間を徹底的に叩き、海外セレブの薬物依存症者は許せても、日本の有名人の社会復帰は許せず、運よく復帰できたとしても、彼らがその経験を語る事はタブーとされるのである。

▲写真 ロバウトダウニーJr (July 26, 2014 撮影)出典:flickr  Gage Skidmore

そもそも日本は社会復帰や再出発が非常に困難な社会である。そのため多くの国民は、恐れや不安にさいなまされ先進国にあって自殺率が非常に高い国となっている。

依存症の治療は、自分を見つめ直すことから始まる。それはとてもつらい作業だ。考えてもみて欲しい、生まれながらにして親や周囲の大人たちに大事にされたことのない自分の姿を直視することがどれだけ辛く惨めなことか、その上薬物に手を出してしまった自分の姿を見つめ直さなくてはならないのだ。恥じている自分から、自分を好きになること、過酷な環境に置かれ、人を信じては裏切られてきた依存症者が、もう一度人を信じて「やり直そう!」と前を向くことは、とても大きな不安がある。だからこそ同じ経験をした、回復した仲間達の支えが必要なのである。

また、社会はその回復を応援するものであって欲しいと強く願っている。日本の薬物依存症者の再犯率はこの10年の間一向に変わらず、いや変わらないどころか微増すらしているのである。

▲図

何故なら、依存症の治療は一筋縄ではいかないとても辛く苦しいものであるのに、社会で排除され、嫌われ、憎しみの目を向けられたのでは、治療の苦しみを乗り越えられる事なく挫折してしまう。回復しても社会で受け入れられないのなら、回復しても仕方がないと考えてしまう。だからこそ日本の薬物政策は今こそ転換すべきであり、欧米諸国の様に「刑罰よりも治療を!」という方向性に向かうべきである。

そして薬物の恐ろしさをことさらおどろおどろしくデフォルメし、実際には有り得ないようなゾンビに描くことは、回復に役立つどころか害悪でしかないことに、特にメディアに関わる人々にはいい加減気がついて欲しいと思う。

トップ画像:イメージ 出典:Pixaby  CC0 Creative Commons


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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