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.政治  投稿日:2019/7/28

朝日の偏向用語「前のめり」


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・朝日新聞のジャーナリズムの原則を無視した描写。

朝日新聞「前のめり」を自分たちが反対する対象に多用。

・「前のめり」は使い手の負の感情や思い込みをただぶつけるだけの断定。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによってはすべて見れないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47092でお読みください。】

 

朝日新聞7月27日の朝刊をみて、ああ、またか、と思った。すっかり手あかのついた偏向用語をあたかも客観的な用語であるかのように悪用しているのだ。「前のめり」という言葉である。ゆがめ言葉と呼んでもよい。客観報道というジャーナリズムの原則からみても稚拙で露骨な邪道である。朝日新聞の常套手段でもある。

朝日新聞の今回の「前のめり」は第4面のトップ記事で使われていた。国民民主党の玉木雄一郎代表が改憲問題でこれまでよりも前向き姿勢になったという記事だった。その記事の冒頭に以下の記述があった。

国民民主党の玉木雄一郎代表が改憲論議に前のめりな姿勢を見せ、党内外に波紋を広げている

この記述はニュース報道の書き出しだった。報道記事は本来、一定の出来事を事実どおりに客観的に知らせる報告である。一定の出来事についてメディア側の意見や評価を述べる社説のような評論記事とは基本が異なる。評論が主観の表明ならば、報道は主観を排した客観である。

ところがこの朝日新聞の記事はそのジャーナリズムの原則を無視して、玉木氏の姿勢を「前のめり」という主観的な断定で決めつけている。この語は意味の曖昧な情緒的で短絡的な言葉でもある。要するに自分の気に入らない動きを描写するときに悪意や敵意をにじませながら使う、新聞の掲げる報道の中立性からすれば、卑怯きわまる用語だともいえるのだ。

「前のめり」とはどんな意味なのか。辞書類の定義をまとめると、以下のようになる。

1 前方に倒れそうに傾くこと。

2 せっかちに先を急ぐこと。

3 準備不足で、性急に物事を行うこと。

要するに「前のめり」とはネガティブな言葉である。どの程度の角度の前かがみなのか、どの程度の性急さなのか、そもそもなぜ、どんな基準をもって「前のめり」と断じるのか、根拠や理屈がまったく不明の情緒的な言葉なのだ。そこにあらわなのは、その言葉の使い手の一種の悪意である。反対の感情である。

▲写真 玉木代表 出典:Wikimedia Commons; Ogiyoshisan

玉木代表の同じ動きを報じた他の新聞の記事をみてみよう。

読売新聞は玉木氏のその改憲への新たな姿勢について「積極的に議論する姿勢を示した」と書いていた。これなら記事を流す側の意見を露骨にみせない客観的な記述といえよう。日本経済新聞は「玉木氏は憲法改正で前向きな発言」と書いていた。

「前のめり」ではなく「前向き」なのである。この相違は大きい。「のめり」は倒れそうな前向きの動き、つまずきそうな動きを意味するのに対して、「前向き」は単に前に向かうという意味だからだ。「前のめり」という言葉にはその動きがまちがいだとか、性急で準備不足だという決めつけが最初から明白なのである。

日本のメディアでは「前のめり」という用語は朝日新聞が最初に、しかも最も頻繁に使ってきた。他のメディアも使うことがあるが、その頻度はずっと少ない。

古い話だが、朝日新聞は2001年9月14日朝刊に「前のめりはよくない」という見出しの社説を載せていた。日米共同のミサイル防衛構想を「前のめり」と断じて、反対する主張だった。その社説の結論部分には以下のような記述があった。

「列島をハリネズミのようにするミサイル防衛が日本の安全保障のあるべき姿だろうか」

「防衛庁長官のこの前のめりの姿勢は危なっかしい」

「ミサイルごっこの『仮想現実』から一刻も早く目覚めるべきだ」

さて朝日新聞はいまも日本にとってのミサイルの脅威を「仮想現実」と呼ぶだろうか。北朝鮮や中国が日本に照準を合わせて実戦配備する多数のミサイルの存在が「仮想」なのか。朝日新聞こそ、日本にとってのミサイルの脅威が「ごっこ」だとか「仮想」だと断じる仮想からすでに目覚めたことだろう。いまなら日本国民の大多数が賛成する日米ミサイル防衛の構想に賛成することを朝日新聞が「前のめり」だと非難していたのだ。

朝日新聞のこのへんの日本の防衛に関する奇異な立場はともかく、その奇異を正当づけるために自分たちの反対する動きには「前のめり」という否定的なレッテルを貼る手法は普通の報道ではなく、政治プロパガンダに相当する。「前のめり」という表現自体、客観的にはなんの根拠もなく、自分たちの嫌いな言動へのののしりにすぎない言葉なのだ。

言語の意味や機能について研究する学問「セマンティックス(意味論)」の権威S・I・ハヤカワ氏の名著「思考と行動における言語」の説明に従うと、朝日新聞の好きな「前のめり」というのは「taka」というカテゴリーに入るようだ。

▲写真 S・I・ハヤカワ氏 出典:United States Congress

ハヤカワ氏の分析によると、人間の使う言葉は「報告」「推論」「断定」の3種類に分けられる。「報告」は事実を客観的に伝える証明可能な記述であるのに対して、「推論」は証明可能の事柄を根拠に証明困難な記述をすること、「断定」は事実に関係なく、その言葉の使い手の好き嫌いを表するだけの記述だという。そして「断定」のなかには「イヌの吠え言葉」と「ネコなで言葉」があり、前者はその言葉の使い手の負の感情や思い込みをただぶつけるだけで、事実とはとくに無関係なのだそうだ。

この「前のめり」というのもまさに朝日新聞側が嫌悪や拒否の思いこみを表現するだけの「吠え言葉」だと考えると、ストンと納得がいくようである。

トップ写真:朝日新聞バナー 出典:Wikimedia Commons; User:Zscout370

 

【訂正】2019年7月28日

本記事(初掲載日2019年7月28日)の冒頭、【まとめ】の中で「反対する記事に多用」とあったのを「反対する対象に多用」に訂正致しました。

訂正前:朝日新聞「前のめり」を自分たちが反対する記事に多用。

訂正後:朝日新聞「前のめり」を自分たちが反対する対象に多用。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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