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.国際  投稿日:2019/12/16

英国でも「気分の民主主義」台頭 速報・英国総選挙2019(上)


林信吾(作家・ジャーナリスト)

 林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・英・保守党はブレグジット実現掲げ、歴史的勝利。

・「決められない政治」に対する有権者の不満反映。

・「騒動疲れ」で投票率は前回割れ。

 

英国議会の概要については、すでに「超ダイジェスト版」ながら説明させていただいたが(ブレグジットという迷宮・最終回)、立法権は下院にあって、その定数は650議席

したがって、326議席で過半数となるが、実際には議長団などが差し引かれるため、320議席でよい。

今回ボリス・ジョンソン首相率いる保守党は、

「来年1月末のブレグジットを、必ず実現する。if(もしも)もbut(しかし)もない

というスローガンを掲げて、364議席を獲得。これはマーガレット・サッチャー元首相を擁した1987年の総選挙以来の成果である。まさに歴史的勝利だ。

ただし客観的に見て、保守党の圧勝と言うよりは最大野党・労働党の自滅と言った方がより実態に近いのだが、この話は次回、もう少し詳しく見る。

英国のメディアは直前まで、各種の世論調査などを根拠に、

「保守党がまず確実に勝つが、EU残留派が多い若年層の有権者登録が急増しており、過半数を獲得できるかは微妙で、またしてもハング・パーラメント(宙ぶらりん議会)になる可能性は排除できない

などと伝えていた。

▲写真 英国総選挙2019(ロンドン)出典:Boris Johnson Twitter

有権者登録というのは、日本の読者には少々耳慣れないかも知れないが、英国では、

「18歳以上の英国民、または英連邦諸国かアイルランド国民で、英国の居住権を持つ者」

に選挙権が与えられるが、自動的に付与されるわけではなく、有権者登録という手続きが必要なのだ。アイルランド共和国は1949年の独立と同時に英連邦から脱退しているが、歴史のしがらみで特別扱いを受けている。

以上の条件を満たす人のうち、およそ89パーセントが登録しているが、逆に言えば資格があるのに選挙権を持たない人も10パーセント以上いるわけだ。特に18歳から24歳までの若年層では、時期によって3分の1近くが登録していなかったという。学業や仕事の関係で住所が変わると、住民登録以外に(選挙区も変わるので)新たに有権者登録しなければならず、面倒だと怠る人も多いらしい。

今次の場合は、そうした人たちが一斉に有権者登録を行い、その多くがEU残留派であると見なされたことから、前述のような予測となったようだ。

余談だが、英国の旧植民地であった香港でも、この有権者登録の制度は踏襲されていて、この夏に、英国と同様、それまで政治参加に消極的だった若年層が、大挙して新たに登録した。これが直近の区議会選挙で民主派を圧勝させる原動力のひとつとなったのである。

もうひとつ、海外在住の英国民には「15年ルール」というものが適用される。軍人など公用で海外に居住している人を別として、在外期間が15年を超えると選挙権を失うことになるのだ。

話を戻して、私は英国での世論調査など、あまり信用していなかった。

言葉は悪いがテキトーな人が多く、アンケートやインタビューでは支持政党などについて、もっともらしいことを言うが、選挙当日にその日の気分で投票行動を変えたり、そもそも有権者登録していなかったり、というケースが多いからだ。もうひとつ、真面目な理由(?)もあって、どの政党も、

「今度は危ない、負けそうだ」

という逆宣伝を行って、選挙運動の現場を引き締める、という戦術を伝統的に多用している。したがって、支持者が世論調査などに答える際にもその戦術が反映する(つまり、本当の考えとは真逆のことを言う)場合が、これまた多いのである。

いずれにせよ、今回の総選挙で、過半数はともかく保守党の勝利自体は確実視されていたのは、2016年の国民投票でEUからの離脱が決まっていながら、その後3年半も実行に移せない「決められない政治」に対する、英国の有権者の憤懣は、今や頂点に達している、と衆目が一致していたからだ。

一度決めたことは実行する、という態度に徹したジョンソン首相の方が、

「政権を取ったらブレグジットについては再度の国民投票を実施し、半年以内に問題を片づける」

などと、党として離脱なのか残留なのかさえ明確にしない労働党のコービン党首より、リーダーにふさわしい、と多くの人が考えたとして、なんの不思議もない。たとえ、ブレグジット以外の具体的な政策がほとんど示されていなかったとしても。

▲写真 コービン氏支持者たち 出典:Flickr; Socialist Appeal

英国の選挙制度では、1地区1議席の単純小選挙区制で、日本のように「比例で復活」ということは起きない。そして、もっとも多くの議席を獲得した政党の党首が、自動的に国王(現在はエリザベス2世女王)から首相に指名される。

間接的な首相公選制として機能している反面、21世紀になっても「女王陛下の議会」であり続けているわけで、先進的な側面と旧態依然たるそれとが共存しているのだ。いかにも英国らしいと言えば、それまでだが。

いずれにせよ今次の総選挙においては、有権者の「ブレグジット騒動疲れ」をうまくすくい上げたジョンソン首相が勝利を得た。

EU残留派は、とにかくジョンソン首相の続投だけは阻止しようと、選挙区ごとに、支持政党にこだわらず保守党候補に勝てそうな候補者に票を集める「戦略投票」まで画策し、実際に約500万人の残留派の有権者がこれを実行すれば保守党を過半数割れに追い込める、といったシミュレーションも行われた。

さらに、かつては政敵だった労働党のトニー・ブレア、保守党のジョン・メージャーという二人の元首相が、残留派の集会で仲良く「戦略投票」を呼びかける(メージャー氏はビデオ出演)というパフォーマンスまで行ったが、効果は限定的であった。

その理由のひとつは、単純小選挙区制のなせるわざで、全国レベルでの得票率と議席数が必ずしも一致しないため、とりわけ今次のように国論を二分する政治テーマがあったような場合、どちらかの勢力に「風が吹いた」となると、地滑り的な勝利という結果が出てしまうのである。

今回の最後に、投票率の話を。

前述のように、これまで政治参加に消極的だった若年層が大挙して有権者登録し、また国際的にも注目度の高い選挙だったにもかかわらず、67.3パーセントと、前回(2017年。68.7パーセント)を下回った。これは、繰り返し述べている「騒動疲れ」で、もはや選挙にさえ行かない、という形で政治そのものへの抗議の意志を示した人が多かったことに加え、およそ100年ぶりの真冬の総選挙であったことが関係したものと見られている。

英国でも、ネットなどで知られる大勢に乗っておれば間違いないだろうといった「気分の民主主義」が根付いてきたのかも知れない。

に続く。全3回)

トップ写真:英国総選挙2019(ロンドン)出典:Boris Johnson Twitter


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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