何故出来ぬ、消費税減税【菅政権に問う】
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・菅内閣、新型コロナ禍への対策として消費税減税が求められる。
・英・独は減税を手早く断行。
・福祉国家の枠組みがある英・独では効果的な支援が可能。
10月から酒税法の一部改正など、厳しい「値上げの秋」になる。
新型コロナ禍がいつ収束するのか、見通しも立たないというのに。
これで政府が倒れないというのも、野党が信用されていないから……で済ませてよい話であろうか。ではなにが問題なんだ、と問われると、さすがに私も答えに窮するが。
政権交代は当面考えにくいとして、新たに発足した菅内閣には、少なくとも前政権の轍を踏むことだけは避けてもらいたい。
具体的には、菅内閣が新型コロナ禍への対策に本気で取り組むというのなら、まずやるべきことは消費税減税だろう。
安倍内閣は10万円の特別給付金や、中小企業向けの持続化給付金などを
「世界に類例のない規模の経済対策」
などと自画自賛していたが、ならばどうして、コロナ禍による失業と貧困が一向に改善の兆しを見せないのだろうか。
実際に英国やドイツなどは、相次いで減税を断行し、国民の苦痛を少しでも和らげようとしている。
たとえば、英国のジョンソン首相は、それまで20%だったVAT(付加価値税)の税率を、飲食業を中心に5%にまで引き下げた。
ちなみに英国のVATは、日本の消費税と大体同じシステムだが、食料品や子供服など、免税品目がかなり多い。したがって、表面上の税率こそ日本の消費税に倍するが、現実の税負担は、なんにでも課税されている日本と比べて、極端に重いということはなかった。
▲写真 ジョンソン首相 出典:Flickr; Number 10
ジョンソン首相に関しては、もうひとつ特筆すべき事柄がある。
7月末の話だが、同首相は記者会見し、感染拡大が始まってからしばらくの間、具体的には2月、3月段階では、新型コロナ禍について、
「知識が不十分で、危機意識も足りなかった」
と率直に認めた。できることはやってきた、と強弁し続けてきた、それまでの態度をあらためたばかりか、
「命を落とした方一人一人を追悼しているし、遺族の皆さんのことをとても気にかけている。そして、政府が行ったすべてのことについて、私が全面的に責任を負う」
と明言した。
ご存じの読者も多いことであろうが、彼自身も感染している。これについても、感染し、たちまち重症化してしまったのは自身の肥満にも一因があったとして、今後は国民の肥満対策にも取り組む、と最後はユーモラスに締めくくった。いや、もちろん真面目な政策提言なのであろうが。
個人的に、これまでジョンソン首相という人を、あまり高く評価してこなかった私だが、このように自身の誤りは率直に認め、それでもなお前向きな態度を貫こうとするあたりは、やはり英国紳士なのだな、と大いに見直した。
一方、こちらはすでに述べたことであるが、対応が素早かったのは、ドイツのメルケル首相だ。自身が博士号を持つ理系の研究者だっただけあって、医学者や病理学者の説明を問題なく理解でき、
「感染規模が現在の1.7倍に達したなら、わが国の医療は崩壊します」
といったように、非常にわかりやすい言葉で国民の危機意識を喚起し、その上で移動を制限する政策を打ち出したのである。
▲写真 メルケル首相 出典:ロシア大統領府
日本円にして70兆円規模の経済対策も手早く実行された。我が国では108兆円もの事業規模に達するとして、前述のように自画自賛していたが、ドイツの人口が日本の半分程度だということは考慮されていたのだろうか。
もちろん108兆円というのは巨額の支出である。GDPの20%に達する額で、英国BBCが報じたところによると、対GDP比でこれを上回る支出をしたのは、EUの基金から支援を受けることができたマルタだけだという。
ただ、ここで先ほど発した問いに立ち返らざるを得ない。それだけの支出がなされていて、どうして新型コロナ禍を原因とする失業や貧困問題が、一向に改善されないのか。
特にお寒いのが、アルバイトや奨学金に頼らなければ学業を全うすることが難しい、といった立場の学生に対するケアだ。
これについては立憲民主党の蓮舫議員が、
「対策を急がないと(大学をドロップアウトせざるを得ず)高卒になってしまう」
と発言して、高卒を馬鹿にするのか、とヒンシュクを買ってしまったが(後日、謝罪している)、こういう危機感自体は、持たないより持ったほうがよいだろう、とは思う。大学を「自主卒業」して威張っている私が述べても、あまり説得力はないかも知れぬが笑。
話を戻して、英国でも大学生は大変な状況に置かれている。
よく知られる通り9月が新学期だが、3月から早くもリモート講義に切り替え、学生に対しては、入学前の住所(英国人学生は実家、留学生は母国)に戻ることを促している。
ただし、国境が閉ざされて国へ帰れない留学生も多く、その場合には、大半の大学が寮費を免除する措置をとった。
さらに言うと、英国では多くの学生が、学費や生活費をメンテナンス・ローンでまかなっている。これは卒業後、年収が一定以上になってから、天引きで返済して行くというもので、年利3%の「金融ビジネス」と化しているわが国の奨学金制度とは、似て非なるものだ。
お分かりだろうか。
このように、もともと福祉国家の枠組みがしっかりしていた英国や、財政規律がちゃんとしていたドイツのような国にあっては、急に対GDP比で大きな支出をしなくとも、効果的な支援を行えたのである。事実、前述のBBCの報道でも、英国の支出額は対GDP比では調査対象となった166か国中47位だが、実効性、つまり中央銀行による融資保証で破綻を回避する政策の恩恵を受けた貴人や企業の数を加味したなら、5位になるという。
日本に関しては、残念ながら詳細なデータが示されていなかったが(なにぶんBBCなので)、多分まあ、英国とは真逆に近い数字になるのではないだろうか。
つい先日、東京ディズニーランドで、パレードやキャラクターの着ぐるみの仕事をする契約社員が、大量リストラされそうだ、という記事を読んだ。GoToなどと言っている場合だろうか。
9月にはまた、美人女優の自殺報道も相次いで、社会に衝撃を与えたが、これさえも、新型コロナ禍によってもたらされた社会の閉塞感と結び付けて考える向きが多いと聞く。
菅首相に、今一度考えていただきたいのは、この点である。
巨額な政府支出のツケを「値上げラッシュ」という形で、もう一度国民に回してよいのか。時限処置でよいから消費税減税を断行して、国民の苦痛を少しでも和らげよう、という発想が、どうして出てこないのか。
なにが国民のためになる政府の「仕事」か、と私は問いたい。
トップ写真:菅義偉新総理の初出邸 出典:首相官邸Facebook
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。