トランプ信者もYouTubeも冷静に ネット規制の危機 最終回
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・YouTube「大統領選不正を流布する動画」削除方針には。
・判断基準があいまい。ネットメディアとして自殺行為。
・ネットにBPOのような第三者機関を立ち上げてはどうか。
後世の歴史家が2020年について語る時、新型コロナ禍を忘れることはないだろう。
それは大前提だが、11月以降は米国大統領選挙をめぐる騒動も、長く世界の人々に記憶されるのではないだろうか。
現時点の話題に立ち返って、あくまでも選挙結果を認めないトランプ大統領は、ついに
「戒厳令を布告した上での再選挙」
を検討していると報じられた。ただでさえコロナ禍に歯止めがかからないというのに、戒厳令下で新年を迎えるなどアンハッピーどころではない……まあ、この原稿を書いているクリスマス前の段階では、どこまで本気か分からないが。
度し難いのは、日本のネット民の一部に、この動きを肯定する内容を発信する者が散見されることだ。彼らはトランプ大統領を支持する理由として「自由と民主主義の守り手だから」と言っていたのではなかったか。戒厳令とはどういうことか、理解できているのか。
中国系の反共サイトでも、さかんにトランプ支持の「市民の声」が取り上げられているが、中国共産党がチベットや香港でなしたことは絶対に許されないというのであれば、戒厳令を正当化する言辞など、冗談にも口にしてはならないのではあるまいか。
敵の敵は味方だという『三国志』もどきの発想なのかも知れないが、論理的にも倫理的にもお粗末だとしか言いようがない。
こんなことになるのではないかと危惧されたから、私は前シリーズの中で、日本人トランピストや彼らに容易に煽られる量産型ネット民に対して、味噌汁で顔を洗ってから現実を見つめなおすようにと、やんわり忠告申し上げておいたのであるが、効果てきめんとは行かなかった。残念だが、洗脳を解く作業には時間がかかると割り切るしかない。
さて、今回のテーマは、この騒動のもうひとつの側面である。
前回の最後に触れたが、12月14日の選挙人投票をもってバイデン氏の当選が確定したことを受け、YouTubeが、
「以降、今次の大統領選挙は不正であるとの言説を流布する動画は、削除対象とする」
と発表した。選挙の「完全性を担保するため」という理由だとか。
これについて、結論から言えば私は賛成しかねる。
自分の信じたいものしか信じない、という態度をあらためない人たちがデマを流布したり、デマに煽られてしまうのはよくないことだが、個人を誹謗中傷するなど、誰かに迷惑を及ぼさない限りにおいては、
「なにを信じようと個人の自由」
という理念の方が優先されると考えるからだ。
とは言え、これについては反論もあり得よう。現地米国では、選挙人やトランプ陣営による提訴を退けた判事などが、YouTubeをはじめとするネット情報に煽られた人から、脅迫や嫌がらせを受ける例が後を絶たないではないか、というように。
ある州の判事は、
「このままでは人が死ぬ」
と警告を発したほどだ。
そうではあるけれども、違法行為への対応は警察に任せればよいことで、それ以前に、悪質なデマか否かを誰がどういう基準で判断するのか、という疑問が残る。運営側の眼鏡にかなった動画しか流されない、ということになっては、それこそネットメディアとして自殺行為ではないのか。
前にも述べたことだが、実を言えば私自身、ネットにおける誹謗中傷の被害を受けたことがある。今でもAmazonには、明らかに営業妨害を狙った「レビュー」が見受けられるし、この連載に対しても、ヤフーニュースのコメント欄の荒れようはひどいものだ。
証拠を示して反論できないからであろうが、こいつは活動家だとか危険思想の持主であるとか個人攻撃ばかりで、中には「林信吾 XX でググると彼がどういう人間かわかりますよ」などというコメントまであった。
試しにググってみた。ざっと読んだ。吹いた。
林信吾を擁護しサイト管理人を嘲笑するコメントだらけではないか。ネットの噂をまとめただけのサイトだが、この管理人自身、ネットでは「解雇先生」などと呼ばれている。なんでも、某通信大手の子会社に勤務していたが、勤務時間中に会社のPCからヘイトスピーチを書き込んでいたことが発覚し、解雇されたのだとか。
真偽のほどは、私の責任ではないから保証しかねる。もしこれが事実なら、そんな人間の言うことなど誰も信用しないであろうし、デマであるなら、自分がやられて嫌なことは他人に対してするな、でこの話は終わりだ。
ならばどうして「XX」などとサイト名を伏せるのか、と言われそうだが、こういうことをする輩の狙いがアクセス数稼ぎにあると知れた以上、手を貸す気はない。それだけの話である。
これが、YouTubeによる警告に私が反対する、もうひとつの理由だ。実際にくだんの発表があってから「削除覚悟」とする動画が湧いて出ているし、ネットに一度上がったものはどこかに残るもので、逆効果になりかねない。
最後の、そして最大の理由は、いくら私でも、すべてのネットユーザーが前述の管理人と同じ知的レベルにあるなどと、失敬なことは考えないからである。
先般、やはり本誌でも取り上げられた、元女子プレスラーの木村花さんが自殺した件にからみ、SNSで彼女を執拗に中傷していた男が、侮辱罪で書類送検された。この報に接したライター兼ブロガーという女性が
「顔写真とか特定して欲しい」
などと発信した。彼女自身、過去に誹謗中傷を受けていたのだとか。
ネットでは、特定すべきだ、という声もたしかに上がったが、ネットリンチを煽るべきではないとして、たしなめる声がたくさん発信されている。なによりも花さんの母上が、刑事事件になったことで抑止力になることを願う、としながらも、
「憎悪の連鎖は花も望まない」(TBSニュースサイトなどによる)
とコメントしたことに心を打たれ、同時に心強く思った。ちなみにこの男性からは、母上のもとに謝罪メールがすでに送られたそうである。自分には生きている価値がない、と書かれていたそうで、母上も男性の身を案じていた。
誹謗中傷はもとより事実に反する情報を発信するのは、もちろん許されないことだが、見ない自由もある。デマを規制するという大義名分のもと、恣意的に動画を削除できるようにするということでは、それこそ「不正選挙を暴くための戒厳令」と同じ発想ではないかと、私は考える。
まずはネットに、BPO(放送倫理・番組向上機構)のような第三者機関を立ち上げてはどうか。その組織が苦情や削除要請の窓口になればよい。余計な手間やコストがかかる、と言われるかも知れないが、ことは
「表現の自由と社会のルールとの折り合いをどこでつけるべきか」
という問題なのだ。
慎重な上にも慎重な対応が求められる。
トップ写真:YouYubeイメージ 出典:YouTubeイメージ:flickr; Esther Vargas
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。