米共和党偉人シュルツ氏逝去

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#6」
2021年2月8-14日
【まとめ】
・米共和党の偉人の一人、ジョージ・シュルツ氏が100歳で逝去。
・米「一つの中国」政策と中国「一つの中国」原則は全くの別物。
・ブリンケン長官「インド太平洋地域の安定脅かす行為には、同盟国と連携し中国に責任を負わせる」と強調。
先週、ニクソン、レーガン政権で財務長官、国務長官などを歴任したジョージ・シュルツ氏が100歳で亡くなった。第二次大戦後の米共和党黄金時代を支えた偉人の一人。個人的には、トランプ氏が一期で終わるのをしっかり見届けるようにして逝ったシュルツ氏がトランプ政権を如何に評価していたのか、とても気になるところだ。
シュルツ氏はニューヨーク出身、プリンストン大卒。第二次大戦中は海兵隊に所属し、戦後マサチューセッツ工科大で博士号を取得。シカゴ大経営大学院学部長から、ニクソン政権で労働長官、行政管理予算局(OMB)の初代長官、財務長官に就任、その後を建設大手ベクテルの社長を経て、レーガン政権で国務長官に就任する。
絵に描いたような共和党の政策エリートだが、決してエリート臭さはなく、人間味ある人格者でもあった。安倍晋三前首相の父安倍晋太郎元外相と親交が深かったが、晋太郎大臣が親しみを込めてシュルツ長官のことを話す姿を同大臣の秘書官事務取扱だった筆者は今も覚えている。二人の信頼関係は本物だった。ご冥福をお祈りしたい。
もう一つ、今週気になったニュースがブリンケン新国務長官と中国の楊潔篪共産党中央政治局委員の電話会談だ。この会談につき時事通信は「米中外交トップが舌戦 『核心的利益』で対立―『一つの中国』は再確認」と報じた。これだけ読むと、台湾をめぐる米中間の意見が一致したかのようにも読めるのだが・・・。詳しく分析してみよう。
時事の次の報道ぶりは極めて正確だ。「台湾問題について楊氏は、米中関係で『最重要かつ最も敏感な核心的問題』だと説明し、中国大陸と台湾を不可分とする『一つの中国』原則の順守を求めた。中国外務省によれば、ブリンケン氏は『一つの中国』政策を実行する立場に変化はないと確認した。」と書いている。あれ、「一つの中国」政策を堅持してきた筈の米国が「一つの中国」原則を受け入れたの?そんな筈はないだろう。皆さん、この違いがお分かりだろうか。実は台湾に関する米中の立場は微妙に異なっている。注目すべきは中国側が使う「原則」と米側が使う「政策」という言葉の違いなのだが、これだけでわかる人は相当のプロだろう。
中国は一貫して「一つの中国」原則One China Principleの順守を米国に求めてきた。これに対し、米国は1972年以来一貫して「一つの中国」政策One China Policyを実行してきた。そうした「政策」の下で米国は、1972年の米中共同コミュニケで中国側の「中国は一つ」との立場(原則)を「アクノレッジ(知っている)」としているだけだ。

写真)米国務長官アントニー・ブリンケン氏 出典)Graeme Jennings-Pool/Getty Images
同時に、米国は1979年の台湾関係法により、中国との外交関係樹立は「台湾の未来が平和的に解決されることを期待することを基礎とし」、「台湾に、あくまで台湾防衛用のみに限り米国製兵器の提供」を行い、「台湾居民の安全、社会や経済の制度」を守る「防衛力を維持し、適切な行動を取る」義務を負うことも「政策」としてきた。
要するに、ブリンケン国務長官が言ったのは、こうした米国のOne-China Policyが「変わらない」ということだけで、中国のOne-China Principleを受け入れた訳では決してない、ということだ。更に、ブリンケン長官は「台湾を含むインド太平洋地域の安定を脅かす行為には、同盟国と連携し中国に責任を負わせる」とまで強調している。
米中の溝はむしろ広がっていると見るべきだろう。
〇アジア
ミャンマーのクーデターについては様々な続報があるが、伝聞情報ばかりで、真相は未だ不明だ。恐らく間違いないことは、国軍は何が何でもスーチー元国家顧問を政治に関与させたくない、ということぐらい。今のところ、米側の対応も慎重のようだし、これは長期戦になりそうである。
〇欧州・ロシア
Polexitという言葉があるらしい。ポーランドEU離脱だが、今のポーランドにとっては自殺行為に近い。他方、ポーランド内政は権威主義的傾向が強く、EUとは相容れない部分も少なくない。イギリスは欧州大陸の外だったから良いが、万一、内陸ポーランドで反EU感情が高まったら、これは本当の「終わりの始まり」にもなりかねない。
〇中東
イスラエル首相が収賄容疑の裁判に出廷した後、突如立ち去ったという。その後も裁判は同首相なしで続いたそうだが、ネタニヤフという人は恐ろしく「人を食った」政治家なのか、それとも百戦錬磨の「余裕」の結果なのかは分からない。バイデン政権にとっては、イランも手強いが、イスラエルもそれ以上に手強い相手となるに違いない。
〇南北アメリカ
世論調査で、2024年にトランプ前米大統領が再出馬することに関し、共和党支持者の間でも関心が急落しているらしい。英語でもOut of sight, out of mindという言葉がある。去る者は日日に疎しの英語版だが、本当にこのままトランプは消えていくのだろうか。希望的観測である可能性は未だ捨てきれないのだが・・・。
〇インド亜大陸
インド政府の農業新法に対する農民の抗議運動が続く中、北部ではヒマラヤ氷河の一部が崩れ川に落ちて大洪水が発生、150人が行方不明、50人以上が死亡したらしい。可哀想に、これも地球温暖化の結果なのか、現時点で原因は不明のようだ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)元米国務長官 ジョージ・シュルツ氏
出典)Eric Thayer/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

