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.政治  投稿日:2021/11/30

新聞が誤報する史上最大の防衛補正予算


清谷信一(防衛ジャーナリスト)
「清谷信一の防衛問題の真相」

【まとめ】
・閣議決定された今年度の補正予算案には「防衛力強化加速パッケージ」として7000億円以上が盛り込まれた。

・今回補正予算に盛り込まれた防衛装備品などは、本来本予算で賄うべきもの。

・補正予算が本来の趣旨から外れ、政府の「お買い物予算」と化していることをメディアは批判してこなかった。

政府は26日に閣議決定した2021年度補正予算案で、「防衛力強化加速パッケージ」と称して7738億円を盛り込んだ。これをメディアは大きく取り上げている。だが誤報が少なくない。

防衛費7000億円計上へ
補正予算案で最大、哨戒機や機雷購入(日本経済新聞)
>防衛省が22年度当初予算案の概算要求で盛り込んだ哨戒機や輸送機、機雷などを前倒しで調達する。補正予算の枠で装備品を新規に取得するのは異例だ。

防衛費が初の6兆円超異例の補正予算、新規装備を購入 7年で1兆円増(東京新聞)
>主要装備品の購入は通常、毎年度の当初予算に盛り込んでおり、補正予算で本格的に計上するのは極めて異例だ。
>自民党内からは「補正予算で新規装備の購入を認めるのは画期的だ」(国防族)と評価の声も上がる。

これらは完全な誤報である。

第二次安倍政権から本来の補正予算の趣旨を外れ、補正予算で装備など、本来本予算で買うべきものを買うというハザードが恒常化しており、筆者は何年も前から指摘してきた。(参考記事:https://toyokeizai.net/articles/-/398559https://toyokeizai.net/articles/-/58914?page=3防衛予算過少に見せる安倍政権

写真) 防衛装備の拡充を模索した安倍晋三元首相
出典) Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

 東京新聞にコメントしたという防衛族の議員がこのレベルだというのは驚愕する。これらの補正予算の情報の概要は防衛省のウエッブサイトの防衛予算のページに明記されており、誰でも閲覧することが可能だ。

記者クラブは記者会見をはじめとして防衛省の取材機会から非記者クラブ会員メディアやフリーランスを排除している記者クラブメディアが、このような基礎的なことも知らずに誤報を流すのは大変問題だ。恐らく記者は防衛省のレクチャーを何も検証せずに記事を書いたのだろう。

 防衛省を担当する記者クラブの記者の多くは単に会社から配属されているわけで、軍事のエキスパートではなく、内外の軍事に明るくないことが多い上に、数年で配置換えになる。つまり単なる防衛省という役所の担当であり、その分野の専門記者ではない。

そもそも補正予算とは予算編成時に想定していなかった事態、例えば天災や急激な為替の変動などで、予備費でも対応できない支出を手当するものだ。昨年度のコロナ関係の補正予算などその好例で、ある意味パッチワークみたいなものだ。これは財政法第29条で定められている。

つまり防衛省が補正予算で航空機や車輌などを調達したり、その整備費など事前に想定が可能な予算に使うのは違法行為の可能性すらあるのだ。ただし、災害などで装備などが被災した場合はこの限りではない。

だが先述のように第二次安倍政権、後を追った菅政権もこの補正予算の「お買い物予算化」を行っている。これは防衛費を過小に見せる世論操作といってもいいだろう。

例えば来年度予算が5.3兆円であれば新聞は「防衛予算5.3兆円」と見出しをつけるが、補正予算の「お買い物」予算が3千億円であれば、実際の防衛予算は5.6兆円である。読者の多くは防衛費を事実よりも低く理解するだろう。そうであれば政府は防衛費増額をしても世論の批判を受けにくくなる。

同様に防衛省概算要求でも、これまた第二次安倍政権から、米軍費用など金額を入れない「事項要求」という項目が設けられた。このため概算要求も実際より低い金額で発表される。だが新聞やテレビなどの記者クラブメディアはこれらのカラクリを国民に解説することなく、政府発表をそのまま見出と記事にする。これではメディアが政府の情報操作に協力しているに等しい。

記者クラブは諸外国からも報道の自由や知る権利の侵害と批判されているが、まさにその通りのことをやっている。これで記者クラブメディアや政府が中国の報道規制や軍事費の不透明さを批判するのは夜郎自大である。

防衛費を過小に見せることも問題だが、本来一つであるべき予算を別々に国会で審議することは国会軽視である。また補正予算は仕組み上、安易に予算を付けやすいことがあり、財政規律の面で問題だ。何より財政法を歪めており、政府のモラルハザードを生みやすく、これを放置することは民主国家として許されることではない。

朝日新聞は今回の大型の防衛補正予算を批判している。

だが朝日新聞は補正予算の「お買い物予算」化を報じたり、批判して来なかった。今回の巨額の補正予算要求の責任は自分たちにもあるのだが、その自覚は無いようだ。

さて、今回の補正予算7738億円だが、その内本来の補正予算の趣旨に沿うものは、令和3年7月及び8月大雨の被害を受けた自衛隊施設の復旧25億円、自衛隊による海賊対処行動や大規模接種センターの活動も踏まえた自衛隊病院等の運営等に必要な経費を計上するとともに、原油価格の上昇に伴う燃料費の増額384億円、計409億円だけだ。

つまり7738億円中、7329億円は本来の補正予算の趣旨を外れた「お買い物予算」である。

装備の新規調達は対潜哨戒機688億円、輸送機および輸送ヘリ578億円、地対空ミサイル978億円、空対空ミサイル84億円、魚雷および機雷等217億円、トラック等72億円、だが、それ以外の以下の予算も本来本予算で請求するべきものだ。

自衛隊員が士気高く任務に専念できる環境を整えるため、作業服等を整備被服等の整備68億円、ボイラー、空調設備、発電機室等の整備駐屯地等の機械設備等の整備15億円、基盤となる駐屯地等の耐震化及び老朽化対策、隊庁舎等の耐震化及び老朽化対策28億円これらも本予算で要求すべきものだ。

来年度防衛予算の要求金額は5.4797兆円である。これに補正予算の「お買い物予算」を加えると6.2126兆円となり、6兆円を超える。5兆円台と6兆円台では世論の受け止め方も大きく異なるだろう。

「防衛費6.2兆円を超える」と、衆議院選挙前に報じられたら選挙に大きな影響を与えただろう。今年は本来7千億円だったオリンピックの費用が3兆円を超える、GOTOトラベルなど中抜きが問題となって税金の使い方に有権者がシビアになっていた。これがそのまま報じられていたら自公両党の議席はもっと減っていたのではないだろうか。

写真) 先日の衆院選の開票結果を受け、当選の花をつける岸田首相(2021年10月31日)
出典) 自民党

第二次安倍政権以来、補正予算が「お買い物予算」化したのは高価で有用性の低い米国製装備を大人買いしたからだ。防衛省が具体的な使い方も説明しないグローバルホークは予算要求時に運用部隊すら決まっておらず、買ってから使い方を決めるという杜撰さだ。しかも防衛省が買ったブロック30は既に米空軍は旧式化によって退役させる方針だ。

 イージスアショアのSPY7レーダーは強力な電波を電波法上で使えないはずだが、法整備、環境アセスメントも検討されず、配備先の理解も得ずにお手つきで発注された。だがその後配備が不可能とわかり、通常のイージス艦の遥かに高いコストがかかるのに、海自の護衛艦に搭載させようとしている。17機が導入されるオスプレイは陸自航空隊の予算の大半を食うし、ヘリモードでの機動性が低い上に、機構上自己防御用火器が制限され、武装ヘリも随伴できないので生存性が低い。

 これらの米国製装備を調達すれば米国の歓心は買えるだろうが、自衛隊は弱体化する。防衛費がこれらに食われて、その他本当に必要な装備や、既存装備の維持、需品などの調達も難しくなり、また国内防衛産業の仕事も大きく減った。防衛予算の枠内ではこれらの予算に金が回らず、このため補正予算を「第二の防衛予算」「お買い物予算」化したのだろう。

 このようなことをテレビや新聞は報道も解説もしなった。このため第二次安倍政権以降この異常な状態が常態化し、岸田政権ではこのくらいは大丈夫だろうと、本格的に補正予算を「防衛力強化加速パッケージ」と称して、「第二の防衛予算」化することに戸惑いがなかったのだろう。

 このような政府の世論誘導、世論操作に加担する記者クラブが他のメディアやフリーランス、特に専門記者を取材機会から排除するのは民主主義と国民の知る権利にとってきわめて危険である。

トップ画像
写真) 防衛省正門
出典) Photo by Junko Kimura/Getty Images




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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