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.社会  投稿日:2022/1/25

「折衷案」こそ諸悪の根源(上)民法改正「18歳成人」に思う その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】
・18、19歳を「特定少年」として、17歳以下よりも厳罰に。「原則逆送」事件も追加。

・特定少年が逮捕・起訴された場合は、略式起訴を除き、実名報道も可能に。

・今次改正少年法は年齢制限を緩めただけ。民法改正と実質的に連動していない「折衷案」。

 

「18歳成人」に思う、とのタイトルで、ここまで成人年齢や結婚可能年齢といった、民法上の問題について述べてきたが、やはり、少年法について言及しないわけにも行かない。

 少年法も一部改正されて今年4月から施行されるが、従前の法体系においては20歳未満を「少年」と規定してきた。しかし今次の民法改正により、18歳から成人となるため、整合性をつける必要があった、というわけだ。

 当然のことだと受け止めた向きもあろうが、改正の具体的内容について見て行くと、疑問に思えてならない点が多い。

 まず少年法それ自体についてだが、一般には、
「未成年の犯罪に関しては、刑法と区別して軽い罰則を定めている」
「殺人犯でも未成年ならば、死刑にならずに済むという法律」
 といった受け取られ方をしているのではないだろうか。

 だからこそ、未成年者による凶悪殺人事件が報じられるたびに、
「犯罪者を甘やかす少年法など廃止してしまえ」
 といった声が上がるのだろう。

 事実、これまで数次にわたって処罰適用年齢を引き下げる改正が行われているが、その背景には、少年犯罪の凶悪化と低年齢化があった。

 ここはやはり、そもそもどうして少年法ができたのか、という経緯から見直す必要があるだろう。

 まず、少年法の精神と言おうか、まだ子供だと見なされている者による犯罪と、大人(=成人)によるそれとを刑罰の面で区別する法律は各国にあるし、我が国にも戦前からあった。諸外国の例は次項であらためて見る。

 戦前の日本に存在した、世に言う「旧少年法」は、1922(大正11)年に制定されたもので、現行の少年法は、戦後間もない1948(昭和23)年に、旧少年法を全面的に改正する形で公布・施行されている。ちなみに旧少年法においては、16歳未満の者は死刑に処さないとしていた反面、大逆罪(天皇に危害を加えたり、それを企てた罪)についてはこの限りではない、という規定もあった。

 現行少年法は前述のように、戦後間もない時期に公布されたものだが、その背景には、戦災孤児の非行が社会問題化していた、ということがある。

 アジア太平洋戦争の末期、日本の国土は米軍による空襲で焦土と化し、そうした戦災によって親も家も失った、という子供たちが、生きるために窃盗や売春といった犯罪行為に手を染める例が多かった。

 アニメ映画も公開されているので、ご存じの読者も多いのではないかと思われるが、野坂昭如の直木賞受賞作『火垂るの墓』は、まさにこうした戦災孤児である兄妹の、まことに悲惨な生と死を描いたものだ。

 彼らは言うなれば、大人が引き起こした戦争の犠牲者なので、その非行を「泥棒は泥棒だ」という論理で厳しく罰するのは、むしろ社会正義にそぐわない、とされたのである。

 当時の日本はまだ連合軍による占領下で、この法律案もGHQ(占領軍総司令部)に逐一お伺いを立てながら作成された。米国にも少年裁判所法というものがあって、これをたたき台に作成されたとも言われるが、取り調べから審判に至るまで威嚇的な言葉遣い等を禁じるなど、法の執行にかなりの縛りがかけられている。その理由は、
「少年の健全な育成を期すため、非行のある少年に対しては性格の矯正および環境の調整に関する保護処分を行い、少年の刑事事件について特別の処置を講ずることを目的とする」(少年法第1条より抜粋)
 とされているからである。

 

 私見この精神は正しいと思うが、敗戦から半世紀以上が経ち、飢餓状態どころか飽食とまで言われるようになった今の世に、前述のような経緯で施行された少年法を残しておく意味があるのか、という議論もまた、傾聴に値すると思う。

 と言うのは、成人を対象とした刑務所にせよ、犯罪者を罰するというよりは更生を促すことに主眼を置くタテマエとなっているわけだし、少年法廃止論議について、ただちに「更生の可能性を否定するもの」とは見なしがたいからだ。

 ならばどうして、今次の少年法改正には疑問が残ると述べたのか。

 まず、少年法第51条には、犯行時18歳未満の者について、
「死刑をもって処断すべき時は無期刑、無期懲役をもって処断すべき時は20年以下の懲役刑とする」(要約は筆者)
 と定められている。逆に言えば、18歳、19歳であれば死刑を言い渡すことも可能であった。実際に、この年齢で死刑判決を受けた例は複数ある。

 私はこれについて、かねてから異議を唱えてきた。

 理由は簡単で、従前の法体系においては20歳未満に選挙権がなかったからだ。

 政治参加の権利はないのに、重罪を犯した時だけ「一人前扱い」されるのでは、明らかに法の下における平等という精神に反する。本シリーズの最初に、公職選挙法が一部改正され、18歳以上に選挙権が付与されて、それから民法が改正されたことを「本末転倒」だと批判したのも、これと同じ文脈においてである。

 ならば、今次の民法改正で18歳から成人と認められることになったのだから、死刑を含む刑法の適用年齢も18歳以上でよいではないか、と思われた読者もおられるのではないだろうか。

 ……いや、これは失礼。本誌の読者であれば、マスメディアやネットニュースからの情報はすでに得ておられよう。今次改正された少年法においては、18歳と19歳の犯罪者を「特定少年」と位置づけ、17歳以下の少年よりも厳しく罰することになった。

 具体的には、少年法においては、少年が犯したすべての事件について、警察から家庭裁判所に送られる。家庭裁判所においては、犯罪事実の他、少年の飼育歴や家庭環境を調査して処分が決定するのだが、保護処分(少年院送りもこれに含まれる)ではなく懲役などの刑罰を科するべきだとされれば、あらためて検察官の手に委ねられる。これを「逆送」と言う。

 そして「原則逆送対象事件」というものがあるのだが、これは従前の少年法にあっては、
「16歳以上の少年が故意に被害者を死亡させた場合」
 とされていたものが、今次の改正では
「特定少年が犯した死刑・無期または1年以上の懲役・禁固に当たる事件」
 が付け加えられた。

 また、こちらの方が大きく報じられたように思うが、特定少年が逮捕・起訴された場合は(罰金刑などで済む略式起訴の場合を除いて)、成人と同様に実名報道も可能になる、とされている。

 以上を要するに、18歳以上を成人と定めた改正民法と実質的に連動しているとは言いがたく、年齢制限の枠を緩めただけの「折衷案」なのである。

 これのなにが問題なのかは、諸外国の事情とあわせて、次回あらためて見る。

(つづく。その1その2その3

トップ写真)少年(イメージ)
出典) Alao Yokogi/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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