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.政治  投稿日:2022/2/5

「ヒトラー発言騒動」真の問題点とは 日本の言論状況を考える その1


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・菅直人元首相によるヒトラー発言に、日本維新の会が正式に抗議した。

​​批判的な文脈でも褒め言葉だとしても、法律上ヒトラーの名前を持ち出すことは禁止されていない。

・こんなことではヒトラー・ナチスの暴虐の犠牲となった人たちが浮かばれない。

 

「ヒトラー発言騒動」が未だ収束しない。

発端は1月21日、立憲民主党(以下、立憲)の最高顧問である菅直人・元首相が、日本維新の会(以下、維新)の元代表である橋下徹氏の名前を挙げ、その弁舌の巧みさは

ヒトラーを思い起こす

などとツイートしたこと。これに対して橋下氏は、

「ヒトラーに重ね合わす批判は国際的に御法度」

などと反発。ただしこの時点では、

「ほめ言葉と受け取っておく」

と受け流す姿勢であった。

▲菅直人氏ツイート(2022年1月23日)

ここで終われば世間も橋下氏に軍配を挙げた可能性が高かったろうし、私個人としても、

「本当に強い野党を作る気があるなら、大阪では自民に圧勝している維新の政治を謙虚に研究すべき」

との意見は、大いに正しいと思えた。

▲写真 選挙カーの屋根から有権者に語りかける橋下徹氏(2014年12月) 出典:​​Photo by Buddhika Weerasinghe/Getty Images

しかし、収まらなかったのは維新で、まずは翌22日、代表の松井一郎・大阪市長

正式に抗議する

とツイートしたのを皮切りに、24日には同党の次期代表との呼び声も高い吉村洋文・大阪府知事が、大阪府庁で取材に応じ、

「これは国際法上はあり得ないことですし、どういった人権感覚をお持ちなのか」

などとコメントした上で、やはり正式に抗議し謝罪を求める姿勢を明らかにした。

そして実際、維新は26日、立憲に正式に抗議したのである。

まず、なにが問題なのかをはっきりさせておかねばならないが、ヒトラーや彼が率いたナチス政権を礼賛することは、もちろん「国際的に御法度」である。

▲写真 日本外国特派員協会で記者会見に臨む松井一郎氏と吉村洋文氏(2019年2月) 出典:​​Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images

これについては、サンドラ・へフェリンさん(編集部注:ドイツ・ミュンヘン出身。多文化共生をテーマに執筆活動を続けている)が、そのものズバリ『ナチス・ヒトラー礼賛が絶対ダメなわけ』というタイトルにて、本誌にとてもよい記事を寄稿したことがあるので、詳細はそちらに譲るが、しかしその記事の中でも、批判的な文脈でヒトラーの名前を持ち出すことまでダメだとは、どこにも書かれていない。

念のため寄稿者本人に電話で確認を求めたところ、案の定、

「(ドイツでも)あいつはヒトラーみたいだ、なんて言ったら、そりゃメチャクチャ怒られるでしょうけど、ヒトラーの名前を出すこと自体がタブーだとか、そこまでではないですよ」

とのことであった。

このあたりは日本で一般にイメージされているのと少々異なるかも知れないが、ドイツでも、政敵をヒトラーになぞらえて非難するというやり方は、結構よく用いられる。あのメルケル首相でさえ、イエスマンばかりで組閣して独裁的な政権運営をしているなどとして、ヒトラーに例えられたことがあるのだから、あとは推して知るべしである。

だから管氏のツイートは正しい、などと言うつもりはない。いささか品格に欠ける物言いであったとは思う。ただ、どう考えても「御法度」とまでは言えないし、表現力やセンスはまだしも人権感覚を疑われるほどのことではない。

そもそも橋下氏は、維新の代表であった2012年に、当時の民主党政権が、公約になかった消費税増税への動きを見せていることを批判した際、

ヒトラーの全権委任法以上だ

と述べたことがある。

当然ながら「ブーメラン」「ダブル・スタンダード」という批判にさらされたが、当人は、

政策を批判するのと個人攻撃はまったく違う

などとコメントしている。

▲橋下徹氏のツイート(2022年1月29日)

この反論は、一応もっともだ。しかしそれなら、元代表とは言え現在は党と無関係だとのタテマエで政界からも身を引いている人が「攻撃」されたからと言って、どうして維新の現職幹部が管氏のもとに乗り込んで謝罪を要求したり、立憲に対して公開討論に応じろと迫ったりするのか。

橋下氏も橋下氏で、ある学者の容姿を「安もんのヒトラー」などと形容したことがあるが、これは相手が先に自分をヒトラーに例えたことへの「言い返し」だと明言している。ここまで来ると、個人攻撃などと言うも愚かな、まるっきり子供のケンカだ。

▲橋下氏のツイート(2017年2月18日)

もっとひどいのが、吉村知事の「国際法上はあり得ない発言」である。

これも「そもそも論」から述べれば、国際法とは複数の国家が批准した条約と、国際的に認知された不文律(習慣国際法と呼ばれる)の総称である。国際司法裁判所も国際法の法源と見なされるが、これについては異論もあると聞く。

▲動画 吉村洋文大阪府知事囲み会見(2022年1月24日、月曜日)

戦時国際法という概念もあるが、こちらも具体的にはジュネーブ条約やハーグ陸戦協定と言った、参戦国の軍人の行動を律する国際的な取り決めの総称である。

そして、繰り返しになるけれども、批判であれ一種の「ほめ殺し」であれ、ヒトラーの名前を持ちだしてはいけない、などという法規や協約は、どこにも存在しない。

ひとかどの政治家であり、弁護士資格もお持ちの御仁が、国際法に関してこんなデタラメを発信することこそ「あり得ない」だろう。まさかとは思うが、

「デマも百万遍くりかえせば、それが真実になる」

という理念を奉じていたり、

「関西人にとって言論の是非とは〈おもろい〉か〈おもんない〉かの違いだけや」

などとお考えではあるまいな。

もっとも、騒動への対応という点では、立憲もたいがいで、蓮舫参議院議員が、橋下氏のメディア出演自粛を求める民間のキャンペーンを拡散し、賛同を求めるツイートをした。

すぐに削除したそうだが、今のネット社会ですぐに(すでに)削除しました、は通るまい。

私も個人的には、橋下氏が自身の言動について、ことさら「中立」「一個人」という表現を用いるのを聞くたびに首をかしげている。しかし、人の心の中までは分からないし、あとはマスメディアの良識に期待するほかはないだろう。

総じて言えることは、ヒトラーの名前を出したことの是非よりも、それを政争の具にする政治家と、発言内容を検証もせず垂れ流すマスメディアの見識こそ問題だということだ。

こんなことでは、ヒトラー・ナチスの暴虐の犠牲になった人たちが浮かばれない。これこそが、この騒動の真の問題点なのである。

(つづく)

トップ写真:女子オリンピックサッカーアジア予選の壮行試合を観戦する菅直人元首相(2011年8月19日、東京・国立競技場) 出典:Photo by Koji Watanabe/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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