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.社会  投稿日:2023/5/11

サービスとマナーについて 正しい(?)休暇の過ごし方 その4    


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・飲食店の客の迷惑行為がSNSで可視化され、問題に。

・店側の客への態度が問題となるケースも。

・「お客様は神様です」の真意が飲食店にも客にも届くことを期待。

 

 連休中に限らず、家族や仲間と外食を楽しむ人は多いだろうが、その飲食店で、客による迷惑行為が絶えないようだ。

 

以前にも本連載で取り上げたが、

「昔からある問題だが、今はSNSなどで可視化されるようになっただけ」

 という意見を開陳する人が多かった。これは一面の真理に過ぎないので、可視化されたからこそ、知的に未成熟な人たちが歪んだ承認欲求を煽られ、こうした行為に手を染めるという面があることを、きちんと認識すべきであると私は思う。

最近も、あるTV番組で韓国の望遠(マンウォン)市場にロケに出向き、いわゆるB級グルメを紹介したのだが、レポーター役のお笑い芸人が、一度使った爪楊枝を、売り物の唐揚げに突き刺してつまみ食いする、という行為に及んだ。

 当然ながら炎上したが、これは、なにしろTV放送中のことであるから、承認欲求がどうのこうのではなく、単に「親の顔が見たい」という次元の話ではないだろうか。当人はすでに37歳だが。

 このところ、ますますTVから遠ざかっているので、全て後追いのネットニュースなどで知ったのだが、現地韓国では、迷惑行為そのものより、後日の番組中、本人ではなく女性アナウンサーが謝罪したことに対して、違和感をもって受け止めた人が多かったようだ。

 そうかと思えば、埼玉県のラーメン屋が、

「ニンニクなし」

 と注文した客のことを、

「クソ素人が来たなと思った」

 などとSNS上で非難して炎上した。最終的には店の名前を変えることになったとか。

 私は見ながら、むしろこちらの方こそ「昔からある問題がSNSで可視化しただけ」ではないかと思える。

 昭和の時代、五木寛之氏のエッセイをよく読んでいたのだが、早稲田大学の学生となって九州から上京した氏が、まず驚かされたのが、

「調理労働者がむやみに居丈高なこと」

 であったという。

 

これは人づてに聞いた話だそうだが、都内の寿司屋で、まだ若い客が、

「えーと、なににしようかな……」

 とつぶやいたところ、店主が、

「てめえの食う物も分からないような奴は帰れ、この朝鮮人野郎!」

 と怒鳴ったのだとか。その若い客がどうしたかと言うと、店主の目を見返して、

「おっさん、俺が朝鮮人じゃなくて、よかったなあ」

 と静かに答え、店主を鼻白ませたという。このような差別発言は論外としても、客に対して横柄な口のきき方をする寿司屋は、どうやら本当にいるらしい。『美味しんぼ』(雁谷哲・原作、花咲アキラ・画 講談社)という漫画にも登場する。

 私の場合、寿司屋で不愉快な思いをしたことはない。

 まず光り物(アジやコハダ)を注文し、続いて、

「今日は、白身のオススメはなんですか?」

 と職人に聞く。これで「てめえの食う物も分からねえ奴は……」などと言う寿司職人などいない。むしろ、ものを知らない客ではない、と思ってもらえる。

 やはり昭和の時代に、檀一雄や池波正太郎といった、食通としても知られる人のエッセイをよく読んでいたので、一見(いちげん)さんとして寿司屋に入っても、自然に振る舞えるというわけだ。

 西洋料理にしても同様で、こちらの方は、おかしなことを言い出すようだが、若い頃ファミレスでアルバイトした経験が生きている。

 料理専門学校を出て就職してきたような、将来は自分の店を持つか、チャンスがあれば名のある店で本格的な料理を学ぼう、と考える同年配の人たちが、つまり同僚だったわけで、たまの休みには、皆でスーツを着てディナーに出かけたりした。普段の食事はまかない付きなので、時には散財しても大丈夫。当時の私は、フリーターの走りみたいな存在だったが、焼き肉を腹一杯食べるのが夢、という世界ではなかった。

 当時はまた、若いうちから贅沢を覚えるのはよくない、などという考え方が、まだまだ幅をきかせていたように思うが、私は、そんなことは全然ない、と確信していた。

若いうちに世界三大珍味(キャビア、フォアグラ、トリュフ)はじめ、おいしいものを食べ歩くことができた経験は、ちゃんと物書きとしての栄養になっている。

 まかないを含めて洋食三昧だったので、たまには寿司でも、ということもあったが、嫌みな表現になりかねないことを承知で言わせていただければ、回転寿司など見向きもしなかった。読書だけでなく「現地取材」もしていたのだ。

 誤解のないように強調しておきたいのだが、私は別に、飲食店の従業員に侮られたくなかったら、それなりに飲食に投資し、勉強もしておくべき、などと言いたいのではない。

 現実問題としては、そういう面もあることは否定できないのだが、そもそもサービス業であるはずの飲食店員が客をバカにしたり、果ては暴言を吐くなど、言語道断という他はない。

 Serviceという英単語は本来「奉仕」と訳されるので、神に祈りを捧げるミサの別名もサービスだし、職業軍人のことを、国に身命を捧げた人という意味でServicemanとも言う。

 語源はラテン語のServusで、なんと奴隷のことだ。スレイブ(奴隷)、サーバント(下僕)なども同根の単語だということになる。

 こう述べると今度は、金を払う側である客が、どうして店に気を遣わなければいけないのか、といった態度を肯定していると誤解されるかも知れない。

 とりわけわが国では、国民的歌手と称された三波春夫がステージで

「お客様は神様でございます」

 と言ったことから、サービス業の人たちを不当に見下す傾向に拍車がかかった、という面もあるのではないか。

 これもこれで誤解なので、当人がTVで語ったところに依れば、あの文言はなにも客の好き勝手を容認する意味ではないのだそうだ。

 芸事とは本来、神様にお目にかけるものであったので、ステージに立つ時は、お客様を神様だと思い、常に最高の芸を見ていただかねばならぬ、と自分に発破をかける意味の言葉だったという。さすが、一流の人は考えつくことも違う。

 少しばかりの評判を鼻にかけて、サービスのなんたるかを忘れた飲食店にも、職人や商売人の迷惑を一顧だにせず、不衛生な行為に及ぶような客にも、この言葉が届くとよいのだが。

 

(正しい(?)休暇の過ごし方その1その2その3

トップ写真:調理をする寿司職人(本記事とは直接の関係はありません)   出典:wanessa-p/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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