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.経済  投稿日:2023/5/12

どうなるグローバル経済―どう転ぶか分からないナイフの刃の上―


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・米金融システム不安の影響は、日本経済にまだ直接は及んでいない。

・米経済が景気後退局面に入った場合、日本として実行できる政策があまり見当たらない。

・日本でできる金融政策は、YCCの建付け変更の意味を理解すること、長期的に経済活動を活性化させる歳出を考えること。

ナイフ・エッジという言葉があるが、グローバル経済はこれからどうなるのか不透明感が強く、まさにその上にいる感じがする。どちらかというと、慎重な見方の方が多いようだが、しかし失速が確定した訳でもない。

米国では金融システム不安がなお燻っており、さらに政府債務の上限が近づいている。また欧州では、インフレ圧力が米国以上に根強く、銀行貸出の厳格化の影響も出始めているようだ。さらに新興国経済でも、そのような欧米経済の状況を受け、コロナ禍からの回復の動きは今一つ鈍い。そうしたグローバル経済の高波の影響は、日本経済にはまだ直接は及んでいないようだが、日本銀行の金融政策がどうなるかとも絡めて、様々な不確実性がある。

各国の政策当局は、これらの様々な要因を勘案し、うまくインフレ圧力を抑え、昨年生じた供給面のショックを乗り越え、ソフトランディングが実現できるよう最善を尽くすだろう。しかし、その結果うまくいくかどうかは、なお五里霧中だ。今日のグローバル経済は、まさにナイフの刃のような不安定なところにあり、どちらにころぶかよく分からない。

米国の金融システム不安は完全には払拭されていない

欧米では、昨年以降の急速な金利上昇の結果、金融機関が保有している債券に含み損が発生した。3月に相次いで起こった米国での地方銀行の破綻は、それを嫌った大口の預金者が、インターネットを通じて素早く預金を引き出したところから始まった。

そうした事情は、どの銀行にも共通だが、米国の大銀行については、先の国際金融危機後、規制が強化され、それだけ備えも手厚いので、今のところ大きな問題は起きていない。不安なのは、大銀行ほど厳しい規制を受けていない地方銀行の経営がどうなるかだ。これまでのところ当局の素早い対応もあって、何とか不安の連鎖は喰い止められている。このままうまくいくかどうかが非常に重要なポイントだ。

一方、インフレ圧力抑制のための金融政策は、引き続き引き締め方向にある。ただ、金融システムの不安定化は、日本の1990年代を思い出すまでもなく、経済活動に抑制的に作用するので、利上げによる需要抑制はその分不要になる筋合いだ。だからこそ米国の連邦準備理事会FRBも、政策金利の引き上げ打ち止めのサインを出した。

インフレ抑制、金融システム安定、景気後退回避をいずれも実現する微妙なバランスを保てるか。今、まさに正念場である。その可能性がない訳ではない。しかし、そこに至るパスに乗れるかどうかはなお不確実だ。株式市場も、その辺を見極めようとして気迷い気味だ。

米国景気後退の影響は甚大

米国経済の景気後退がはっきりするようなことになれば、グローバル経済への影響は甚大だろう。そもそも米中対立の激化、ロシアのウクライナ侵攻の帰趨の不透明さなどを背景に、コロナ禍からの回復の過程は欧州でも新興国経済でも緩慢だ。それは特に製造業部門で顕著である。

これまでのところ、コロナ禍で抑制されていた消費需要の解放、インバウンドの回復などから、ゆっくりと復調しつつある日本経済も、米国経済が景気後退局面に入ればその影響を避けることはできない。さらに、そうなった場合、政策的には打つ手が極めて限られている。

長期金利には、グローバル経済の供給構造が変わってきた影響で、日本でも上昇圧力がじりっと強まった。それを無理矢理抑え込むことは、むしろ資金調達面の障害になる。だからこそ、イールド・カーブ・コントロール(YCC)の見直しが議論になっているのである。そもそも金融政策で厳密に誘導することができない長期金利が、あたかも誘導できたかのようにみえていたのがこれまでだ。その点の是正が金融引き締めであるかのように受け止められがちなだけに、米国景気が後退に入った時に身動きがとれなくなってしまう可能性もある。

他方、短期の政策金利はすでにマイナスとなっており、そのマイナス幅をさらに広げることは、経済活動を活性化させないとの見方も多い。そうなると金融政策で打てる手はない。では財政支出をまた増やすのかということになるが、これも長期的なビジョンがないままずるずると財政赤字を拡大することには気持ち悪さがある。

現在のような財政赤字が当面は持続可能だということ、いくら財政赤字を拡大しても問題は生じないということとは、全く別の話だ。厳格なYCCをやろうとすると市場機能が損なわれるような状況にあるだけに、長期的な展望なき財政赤字の拡大による景気対策には、個人的にも不安を拭えない。

がんばってほしい米国経済

以上のように、もし米国経済が景気後退局面に入った場合、日本として安心して実行できる政策があまり見当たらない。さらに、米国金利に先安感が生じるようなことがあれば、為替レートに円高圧力も加わるかもしれない。そうしたことをものともせず来年も賃上げが続き、自律的な経済活力を取り戻していくような展開を日本経済に期待できるかどうかも自信がない。

こうなってくると、全く他力本願だが、米国経済には是非がんばってほしいところだ。特に、債務上限の問題は、政治対立が本質だけに、そのような非経済要因で経済が不安定化し、それを契機にナイフ・エッジにある米国経済が景気後退へと転ぶようなことがあるとすれば、本当に悲劇だ。

そういう状況において日本経済側でできることがあるとすれば、まず金融政策面では、YCCの建付け変更の本当の意味を経済全体として正しく理解することだろう。現在のイールド・カーブは、かつてのような低インフレ経済が戻ってこないという将来の見通しの変化を反映したものであり、長期金利を金融政策で厳密に誘導することができない以上、それは受け入れざるを得ないのではないだろうか。

また、財政政策面では、何らかの長期的な帳尻の話がない一方的・一時的な歳出拡大は、そろそろ政策効果が薄まり始めているように思えてならない。少なくとも、コロナ禍への対応として、金額だけ積んだようなところのある補正予算、特に予備費の扱いなどを明確にした上で、確かに長期的に国内の経済活動を活性化させると多くが納得できる歳出を考えてほしいものだ。

それにつけても今日の状況からは、グローバル経済に対する米国経済のモーメントの大きさに改めて気付かされる。

トップ写真:衆議院の公聴会で演説する日本銀行(日銀)総裁候補の植田和男氏(東京 2023年2月24日)

出典:Tomohiro Ohsumi / Getty Images




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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