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.社会  投稿日:2023/5/12

新聞の「横並び休刊日」について 正しい(?)休暇の過ごし方 その5


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・日本では報道機関のストライキはほとんどないが「新聞休刊日」は多い。

・目的は記者のためではなく、販売店のための休日だ。

・休刊日を合わせるなど、メディアが横並びの環境に安住するのはジャーナリズム精神とは対局。

 

 5月6日、英国ロンドンにおいて、新国王チャールズ3世の戴冠式が行われた。

儀式の始まりは現地時間午前11時、日本時間午後7時である。日本からは秋篠宮夫妻が参列した。

 儀式に先立って、日本の皇族と英国の王族が言葉を交わす場面もあったが、この時、新国王がポケットに手を突っ込んでいたとして、ネットの一部には「尊皇攘夷!」みたいな書き込みも散見された。

 漏れ聞くところによると、あの御仁は相手が高貴な年長者でもない限り(当人は74歳だが笑)、ポケットに手を入れたまま話をする癖があるのだとか。

これなどはどうでもよい話だが、個人的にはこの戴冠式に際して、いささか思うところがないこともなかった。

 なにしろ『女王とプリンセスの英国王室史』(ベスト新書・電子版アドレナライズ)の著者であるから、ダイアナ元妃の自伝や評伝、関連書籍などは、一通り読み込んでいる。パリで悲劇的な最期を遂げた際(1997年8月31日)には追悼記事も書いた。

 それだけに、今さら詮ないことながら、馬車でのパレードを見て、あの席(新国王の隣)に座るべきはダイアナさんであったのに、などとつい思ってしまったのである。

 それはされおき、4月中旬あたりまで、くだんの戴冠式について、

「もしかしたらTV中継を見られないかも知れない」

 と心配する声があったことを、ご存じだろうか。

 前回のシリーズで取り上げさせていただいたが、英国では今年に入ってから、物価高騰に見合う賃上げがなされていないとして、抗議のストライキが頻発している。ついには、BBC職員の組合がストライキを構える事態となり、そうなると中継できなくなるかも知れない、ということであった。

 まあ現実には、民放もあるので、戴冠式が見られないという事態は考えにくかったが。

 わが国では報道機関のストライキなど、まず聞かないが、ニュースも読めなければ広告も出せない日がある。「新聞休刊日」だ。それも年間12日以上=原則として月1回と、かなり多い。

 世界中の新聞事情に精通しているわけではないが、これほど頻繁に休刊日がある国など、ちょっと思い浮かばない。

 編集部や印刷所の従業員を休ませるため、ということになっているが、おかしな話ではないだろうか。

 ニュースがなにもない日、というのは考えにくいわけだから(夏枯れとか、時期的な問題はあるにせよ)、交代で働けばよいだけの話である。これも前回のシリーズで述べたが、フランスなど夏のバカンスは1ヶ月もあるのが普通で、新聞社とても例外ではないのだが、夏期の新聞休刊日というのはない。

 そもそも月1回しか休日がないというのなら、まさにブラック企業だが、そういうことではなく、日常業務は交代でこなしているわけで、ことさら休刊日を設定する意味があるのだろうか。

 大体、各新聞社が「談合」して、休刊日までも「横並び」とは、どういうことか。

 新聞だけではなく、週刊誌も連休中などは休刊する。ちょうど手元に最新の『週刊文春』があるが、発行日は「5月4・11日ゴールデンウィーク特大号」となっている。

 ご存じの読者も多いと思われるが、同誌には「新聞不信」と題した連載コラムがあって、毎週各紙の記事を辛口で論じている。私の記憶が確かならば、この「横並びの休刊日」が俎上に載ったことはないようだ。それはまあ、書けないだろう笑。

 もっとも、かく言う私自身、これまで問題意識を持ったことなどなかった。今次のシリーズのために、様々な国・文化圏の休日や祝日について調べを進めている間に、たまたま知人との会話で、

「そう言えば……」

 と話題に上がった次第である。

 どうしてそのようなことになったのか、つらつら考えるに、これは日本特有の新聞宅配制度のなせるわざではないだろうか。

 端的に、日本で暮らしている間は、新聞とは、

「毎日自宅の新聞受けに届く物」

 であるが、海外だと

「気が向いた時に買う物」

 であった。

厳密に言うとロンドンで暮らしていた時も『朝日新聞衛星版』は、大手クーリエ会社であるOCSによって毎日配達されてきていたし、昭和天皇が逝去した日など、深夜に号外まで届けられた。

 さらに言えば、私は商売柄、全国紙で勤務した経験のある友人知人も複数いるのだが、彼らは口を揃えて、

「休刊日と言っても、記者は意外と休めないよ。あれはもっぱら、販売店のためのものだね」

 と語った。

 この話と、前述のフランスのように、バカンスが4週間もあるような国でも新聞休刊日というものはない、という事実をつき合わせれば、問題の本質は自ずから明らかとなる。

 部数合戦などということが言われて久しいが、その実体は、野球のチケットやら日用品やらの「カクザイ=拡販材料」で契約を取ろうというものに過ぎない。

 この拡張に当たる連中が、なんと言うか、口のきき方を知らないようなのが多く、かつては日本の新聞について「インテリが作り、ゴロツキが売る」とまで言われた。

 まあ、かつては新聞配達のアルバイトをして、学費の足しにしたり、中には家計を助けていた青少年もいるので、販売店に気を遣って休刊日とは……などと十把一からげに斬り捨てるのもよろしくないのかも知れないが、そもそも論点はそこではなく、反響を及ぶような記事を掲載し続けて読者の支持を得よう、との発想に、どうして立てないだろうか

 新型コロナ禍の中、マスクやワクチンをめぐっての「同調圧力」を問題視する記事を、しばしば目にした。

 しかしながら本当のところ、日本のマスメディアくらい「横並びの環境に安住している」存在もないのではあるまいか。

 みんなと同じようでなければ安心できない、同じよう出ることが正義などというのは、ジャーナリスト精神とは対極にあるものだろう

トップ写真)新聞センターで働くスタッフ(本記事とは直接の関係はありません)

出典) iStock/Getty Images Plus




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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