トランプ支持者と斉藤支持者 「再トラ」ついに現実に 最終回
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・兵庫県知事選、一部メディアが示唆している当選無効という蓋然性は意外に低いと見る向きも多い。
・誰が責任を持って当選無効という判断を下せるのか、という問題が残る。
・勝てば官軍という論理がまかり通るようでは、健全な民主主義とは呼びがたい。
5日に米大統領選挙の結果が出たので、シリーズで取り上げてきたが、17日には、国内ではそれ以上に関心を集めたのではないかと思われる選挙の結果が出た。
言うまでもなく兵庫県知事選挙で、前職の斉藤元彦前知事が「ひとまず」再選を果たしている。ひとまず、とはどういうことか、すでにマスメディアが繰り返し取り上げているので、ここでは選挙に経緯のみ簡単に振り返っておこう。
9月19日、この歩は兵庫県議会定例会の初日であったが、斉藤知事に対する不信任案が全会一致で可決された。これを受けて知事は30日に失職し、出直し選挙を選択したもの。
きわめて稀な事例で、2002年に田中康夫・長野県知事、03年の太田正・徳島県知事に続いて3例目である。ちなみに田中氏は知事再選を果たしたが太田氏は落選した。公職選挙法の規定により、出直し選挙は知事の失職から50日以内に投開票を実施せねばならないので、17日の日曜日が選ばれたようだ。
事の発端は前述の不信任決議だが、なぜそのようなことが起きたのかと言うと、今年3月、斉藤知事の県職員に対するパワハラや不当利得などを告発する文書が、兵庫県警、国会議員や県議会議員、マスメディアなどに匿名で送付された。市民からの情報提供によって、この事実を知った斉藤知事は、片山副知事ら側近に、
「(誰が書いたのか)徹底的に調べろ」
などと命令。内部調査の結果、当時の西播磨県民局長の関与が浮上し、片山副知事らは職場を予告なしに訪問。同局長の公用パソコンを押収し聴取も行った。そしてくだんのパソコンを調べたところ、告発文書の他、斉藤知事を失脚させる「クーデター」「革命」といった文言が含まれたメール送受信記録、さらには業務と無関係な私的行為に関わる写真や文書が多数発見されたという。
この局長は、3月末で定年退職の予定となっていたが、県は懲戒処分を見越して定年を保留すると発表。斉藤知事は記者会見を開き、「事実無根」「嘘八百」「公務員として失格」などと、口を極めて局長を非難した。局長も黙ってはおらず、4月1日付で上記の会見に対して反論する文書をマスメディアに送付した。さらに4日には県庁内の公益通報窓口に、あらためて実名で告発文書を提出している。
一方、こうした動きに対するマスメディアの反応だが、早い段階から斉藤知事に対して批判的なスタンスであった。
と言うのは、4月17日に県人事課の職員が神戸新聞社を訪れ、告発文を受け取ったか否か質問したが、記者は回答を拒否。ジャーナリストは原則として情報源を秘匿することになっているので、これは当然の対応である。さらに、新聞労連(日本新聞労組連合会)は26日付で、県人事課の「不当な聴取」「高圧的な対応」が、報道の自由を危うくするとして抗議声明を出した。
どうやらこの段階で、斉藤知事側はマスメディアを敵に回してしまったらしい。その後の報道はご案内の通りで、斉藤知事と言えば「パワハラ」「(業者に対する)おねだり」といったレッテルがついて回るようになってしまった。
議会の方でも、県職員に対するアンケート調査などの結果、告発文の内容は知事が言うような「嘘八百」ではなく、多くの事実が含まれているとして、百条委員会の設置に踏み切った。これは、地方自治体の業務に関する調査権を議会に付与している、地方自治法第100畳の既定に基づいて、議決を経て設置されるもので、兵庫県議会においては51年ぶりに設置されたとのことだ。
この百条委員会は、問題の県民局長にも証言させることを決めていたが、7月7日、当人が自ら命を絶ってしまう。当初は、懲戒処分に対する抗議の自死であったとも、知事側から何らかの圧力をかけられたとも言われたが、もちろん真相は不明である。かくして斉藤知事は孤立無援の状態に……と思えたのだが、異なる動きもあった。
知事が、幹部職員の天下りの慣行を止めた他、県庁舎の新築予算の計上に待ったを掛けるなど、改革路線を掲げ、かつ公約の実行率も高かったことから、そもそもこの騒動は、
「改革派の知事VS.守旧派の幹部職員および議員」
という構図で、守旧派が知事を陥れたのではないか、との見方を開陳する人は、はネットを中心に、早い段階から現れていたのである。
今の世界はダークサイド「闇の勢力」によって支配されていて、トランプ氏こそはそれに立ち向かう正義の戦士……という一部信者に比べればかなり常識的な判断ではあるが、世の中、常識に基づいて行動する人ばかりではなかった。
まず、ネットの一部では、くだんの元県民局長の自死について、そもそもこの人は女性職員と不倫関係にあり、公用パソコンにその証拠が残っていたため、公開されるのを怖れて自死したのだ、という噂が流布するようになったのである。
選挙が公布されてからも、NHKから国民を守る党(以下N党)の立花孝志党首など、自身が当選するためではなく「既成政党の腐敗を糾弾し、斉藤知事を復権させる」ために、無所属として立候補した。立候補は個人の自由であるが、自分以外の候補者を当選させる目的で街宣車や拡声器などを用いた演説を行うと、公職選挙法に抵触することを知らなかったのだろうか。そればかりかこの人は、百条委員会の委員長を務める県議(自民党)の自宅兼事務所の前で拡声器を用いて演説し、県議の家族は避難する羽目になったという。こうした一連の行為では、訴訟を提起された。
そもそも百条委員会が、公用パソコンのデータを公開しないから情報が錯綜するのだとか、立花氏の主張に首肯できる点もなくはないのだが、やっていることは、まるっきり「迷惑系」と同じではないか。
こうした氏の言動について、是々非々で論じるべきだ、との声もネットでは力を持っているようだが、いかがなものか。
違法行為や迷惑行為は、断固として処断されるという前提で、はじめて是々非々の評価も可能になるものであろう。少なくとも、今次の斉藤知事の再選を「成功体験」として同様の行為を繰り返すようなら、法も世間も許してはならない、と私は思う。
その再選を果たした斉藤知事だが、ほどなく、SNSを通じての選挙戦略を担ったPR会社の社長が、一緒に街宣車に乗るなどしていた問題が浮上した。これまた公職選挙法に抵触しかねない。一部マスメディアでは、再度の失職に加えて公民権停止の沙汰もあり得る、との観測もあるようだが、まだ先行きは不透明だ。
トランプ大統領の場合、幾度もお伝えしてきたように、2020年の選挙には不正があったと主張し、支持者の一部が連邦議会に乱入する騒ぎを引き起こし、多くの逮捕者を出した。当人も戦争したとして訴追されていたが、再選が決まった途端、訴追した検察官は全員クビだと公言し、乱入の一件で逮捕あるいは訴追された支持者たちには特赦を与えるとまで言っている。
斉藤知事の方は、さすがにそこまでの暴論を口にすることはなく、ひたすら弁明に終始しているが、ネットの声は一転して、冷ややかなものが目立ってきた。合衆国大統領と兵庫県知事とでは付与されている権力がまるで違うが、そもそもそういう問題ではないだろう。
ただ、一部のメディアが示唆しているような、当選無効という蓋然性は、意外に低いと見る向きも多い。あからさまな買収とか言った行為ならまだしも、今次のようなケースでは、誰が責任を持って当選無効という判断を下せるのか、という問題が残る。
それはその通りかも知れないが、だからと言って、
「旧知の社長が勝手にやったことで、県のお金が動いているとは、自分は知らなかった」
などという弁明を通用させてよいものだろうか。
民意は尊重されなければならないが、と言って、勝てば官軍という論理がまかり通るようでは、健全な民主主義とは呼びがたい。そう考えるのは、私だけであろうか。
トップ写真:SpaceXの第6回飛行テストに出席するドナルド・トランプ氏(2024年11月19日、テキサス州・ブラウンズヒル)
出典:Photo by Brandon Bell/Getty Images