この人は貿易も税金も分かっていない トランプ大統領にもの申す その1

林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・トランプ大統領は関税で他国へ圧力をかける政策を展開。
・高関税は自由貿易を損ね、経済リスクを伴う。
・消費税の輸出戻し税など、国内税制も批判の対象となっている
「無茶苦茶でござりまするがな」
……昭和のコメディアンなら、こんな風に言うところではないだろうか。
1月に就任して以降、関税を武器に諸外国に圧力をかけるという、トランプ米大統領の政策である。
まずは、米国への不法移民や薬物の流入を阻止するための有効な手立てを講じていない、という理由で、メキシコやカナダに対して25%の関税を課し、前々から貿易不均衡が取り沙汰されていた中国には、さらに10%の追加関税を課すという大統領令に署名した(2月1日)。
その後も矢継ぎ早に大統領令を発し、残念ながらここで時空列を詳細に追う紙数はないが、13日に「相互関税」導入の覚え書きに署名したことが明かされると、日本の政財界にも衝撃が走った。
相互関税という言葉自体、今次の件で急に注目度が高まった感があるが、内容はさほど難しいものではない。
自動車を例に取ると、EU(欧州連合)は米国車に対して10%の関税を課しているが、米国がEUから輸入する車に課しているのは2.5%。これでは不公平なので、米国が関税率を引き上げるか、EUが引き下げるか、もしくは折衷案(5%に統一するとか)を採用すべきだ、ということである。
これだけ聞くと、いたってまともな発想のように思えなくもないが、経済とか貿易というものは、そこまで単純ではない。
まず、トランプ大統領は4月2日を目処に、全ての輸入車に対して関税を課し、その税率は25%程度になるだろう、と語っているが、これはもはや自由貿易を否定するに等しい。
再び自動車を例に取ると、日本は1978年に自動車関税を撤廃しており、つまり関税率ゼロなのだが、米や牛肉の関税率は高い。一方米国は、日本から輸入する自動車に対しては関税率1.9%、砂糖や乳製品にはもっと高い関税を課している。
とどのつまり、自由貿易の理念と国内産業を保護したいという政治の思惑の狭間で、関税率というものは幾度となく変動してきたのだ。
ところが、今次の「トランプ関税」は、関税を脅迫材料に用いているとしか思えない。
こう考えるのは決して私一人ではなく、『日本経済新聞』など社説でもって、
「世界二位繁栄をもたらしてきた自由貿易体制を根底から覆そうとしているのか。関税を武器に他国を脅し、米国の利益だけを追求するトランプ米大統領のやり方は。とうてい容認できない」
とまで述べている(電子版2月15日付)。
そもそもこの大統領のスローガンは「アメリカ・ファースト」なので、米国の利益だけを追求するのは当然と言えば当然なのだが、問題は、このような関税が本当に米国の利益になるのか、ということだ。
輸入品に高い関税を課したなら、自動的に諸物価の高騰を招き、インフレが亢進するリスクがある。百歩譲って、それは短期的な弊害で、中長期的に見たならば国内の産業を保護することによって雇用の拡大と景気の回復が見込めるとしても、諸外国が対抗処置として米国製品に対する関税率を引き上げたら、全世界規模で貿易が縮小し、元の木阿弥ではないだろうか。
日本に話を戻すと、前述のように自動車はじめ米国製品の大半に関税を課していないのだが、ホワイトハウス筋は、それで満足などしていない。日本を名指しで「構造的な非関税障壁が高い国」であるとし、こうした非関税障壁も相互関税の対象になる可能性を示唆している。
ここで、問題視される事柄のひとつに消費税がある、と述べたら、驚かれるであろうか。
厳密に言うと「消費税の輸出戻し税」だが、どういうことかと言うと、そもそも消費税とは、消費者が負担して事業者が納めるというシステムである。売り上げに含まれる消費税と仕入れの際に支払った消費税との差額を事業者が納めるのだ。
ところが輸出品の場合、海外の消費者からは日本の消費税を取れない。そこで、輸出企業に対しては、仕入れの際に支払った消費税を還付するという処置がとられている。
実は私自身も、このシステムを問題にしたことがある。『今こそ知りたい消費税』(葛岡智恭と共著。NHK出版生活人新書。電子版は『納税者だけが知らない消費税』のタイトルにてアドレナライズより配信中)という本の中で取り上げた。ちなみに初版は2009年で、当時の消費税率は5%であったが、引き上げ論議が盛んであったことから、執筆のオファーを受けたという経緯である。
トランプ政権は、この戻し税システムについて、輸出企業に補助金が出ているに等しく、米国の輸出産業から見たならば、これも一種の非関税障壁だという議論を持ち出してきているのだが、これは私が前掲書の中でなした問題提起とは、方向性がまったく異なる。
同書の論旨は、日本には「大企業ほどまともに納税していない」という現実があり、前述の戻し税なども一例だ、ということだ。もう少し具体的に述べると、輸出品に消費税を課さないのは国際的な慣行なのだが、日本の輸出企業の場合、部品などを供給する下請け企業に対しては、消費税分の値引きを要求(と言うより強要)する例など枚挙にいとまがなく、結果として、仕入れの際に払ってなどいない消費税まで「還付」を受け取るケースが多い。
ことほど左様に、大企業や富裕層から税金をしっかり取り立てないから、税収が細って財政が逼迫し、それが消費税引き上げ論議を招くのだ、ということであって、米国との関税率のバランスなど問題にしていない。財政健全化の観点からは、消費税は引き上げざるを得ないとしても、こうした不公正を廃するのが先で、そうでなければ納税者は納得しないだろうと、明確に述べておいた。
繰り返し述べるが、輸出品に消費税を課さない事それ自体は、国際的な慣行に過ぎない。これを非関税障壁だなどと声高に主張するのは、貿易や税制のなんたるかを理解できない、たちのよくない不動産業者くらいなものである。
ひとつ興味深かったのは、トランプ大統領が就任して以降、不法移民の強制送還や、温室効果ガス削減を定めたパリ協定からの離脱、さらには前任のバイデン政権が推進した紙ストローの普及を覆したことまで持ち出して、
「さすがはトランプ」「日本も見習おう」
などと褒めそやしていた人たちが、くだんのトランプ関税の問題が表面化した途端に口を閉ざしてしまったことだ。
言うまでもないことだが、どのような政権であれ、政策の全てが正しいわけでも、全てが悪いわけでもない。しかし、それならそれで、是々非々の立場できちんと論ずるのが、情報を発信したり意見を開陳する立場にある者の責務ではないだろうか。
次回は、ロシアによるウクライナ侵攻や、パレスチナのガザ地区における紛争に対して、トランプ政権が主張する「和平」の内容がいかにおかしいかを論じてみたい。
トップ写真)The Inauguration Of Donald J. Trump As The 47th President
出典)Anna Moneymaker by getty images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。
