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.国際  投稿日:2025/2/27

地上げと外交の区別がつかないのか トランプ政権にもの申す その2


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・トランプ大統領は「ガザを米国が所有し、中東のリゾート地に再開発する」という驚くべき和平案を発表し、国際的な批判を招いた。

・イスラエルのネタニヤフ首相はこの構想を支持したが、エジプトやヨルダンを含むアラブ諸国は即座に拒否し、パレスチナ国家の主権維持を改めて強調した。

・国際社会の強い反発を受け、トランプ大統領は「強要はしない」と方針を軟化させるも、構想自体の是非が引き続き議論されている。

 

(まさか、ここまでとは……)

パレスチナのガザ地区で続くイスラエルとハマスの戦闘、そしてロシアによるウクライナ侵攻について、トランプ大統領が示した和平案について知った私は、驚き呆れ、そして嘆いた。

まずは4日、訪米中だったイスラエルのネタニエフ首相とホワイトハウスで会談した後、トランプ大統領は記者団に対して驚くべき「構想」を開陳した。「ガザはアメリカが所有する」1年以上に及ぶ戦闘で荒廃したガザ地区では、多くの住民が悲惨な生活を送っていると指摘し、米国が主権領土を引き継ぎ、再開発して「中東のリヴィエラ」にするのだとか。わが国では、かつて森進一が『冬のリビエラ』という曲をヒットさせたので、ある年代以上の読者には聞き覚えのある地名かも知れない。私が「リヴィエラ」と表記したのは、そもそもイタリア語のRiviera(海岸)に由来するからだが、実際にはフランスからイタリアにまたがる、地中海に面した海岸地帯がこう呼ばれる。ニース、サンレモ、モナコなどを含む地域だと述べれば、高級リゾート地の代名詞であることは、すぐにお分かりいただけるだろう。

問題はどうやって「中東のリヴィエラ」を実現するか、と言うより、現在ガザで暮らしているパレスチナ人はどうなるのか。トランプ大統領によれば、「現在のガザはもはや解体現場」であり、「現在150万人ほどが残っているようだが(林注・この数字は過小で、国連の推計では約220万人)我々はこれを一掃する」と言ってのけたのだ。「もともと彼らは他の土地で暮らしたがっている」という根拠不明の理由で、アラブ諸国、わけても境界線を接しているエジプトやヨルダンが受け入れるべきだ、とも。その上で前述のように米国がガザ地区を長期間保有し、

「世界中から人々が集まる、夢のような土地に作り替える」構想であるという。

これを地上げ屋的な発想と言わずして、なんと言えばよいのだろうか。

そのような「和平」が可能であるなら、そもそも今までの戦いはなんであったのか。もちろん「地上げ」で利益を得る人たちにとっては、話は別だ。この場合は言うまでもなくイスラエルの国粋主義政党である。彼らは1948年のイスラエル建国以降、パレスチナの各地からアラブ・パレスチナ系住民を追い出し、代わりにユダヤ系住民を入植させるということを繰り返してきた。現在のネタニエフ政権にも、連立与党として強い影響力を持っている。

とりわけ1967年の第3次中東戦争で勝利したイスラエルは、ガザとヨルダン川西岸を実効支配し、この傾向を一段と強めてきた。前述の政策の結果、もともとのイスラエルの領域から追い出され、ガザに住み着いた人も多かったが、またしてもイスラエルによる支配を受けることとなったのだ。ガザにおいてアラブ・パレスチナ系住民が多く暮らす地域は高いフェンスで囲われ、国際的に「天井のない刑務所」との呼び名が定着したほどだ。まさかとは思うが、かつて自分たち(ユダヤ教徒)がキリスト教国において、ゲットーと呼ばれる居住区に押し込められ、迫害された恨みを、イスラムのアラブ・パレスチナ系住民に対してなそうとしているのか、などと疑いたくなる話ではないか。

2013年10月7日、ガザ地区の実権を掌握しているとされるイスラム武装組織ハマスの戦闘員達は、エンジン付きパラグライダーでこのフェンスを跳び越えるなどしてイスラエル軍を奇襲。民間人を含む多数が死傷し、さらには人質として連れ去られた。イスラエル軍による報復攻撃も苛烈を極め、トランプ大統領の言う「もはや解体現場」という現状は、こうして産み出されたのである。

当然ながら……という表現を用いるのには、いささか躊躇したのであるが、イスラエルのネタニエフ首相はこの構想について「イスラエルに恒久的な平和をもたらす、画期的なもの」であると高く評価し、「実現に向けて(イスラエル政府としても)努力したい」とまで述べた。もちろんアラブ諸国の対応は、これとは正反対のもので、まずはガザ住民の「移住先」として名指しされたエジプトとヨルダンは、打てば響くようにNOと回答。トランプ大統領の反応は、経済的支援を約束した直後であっただけに、「彼らのこの答えには、少し驚いた」というものであった。やはりこの人は、不動産業で成功した、端的に言えば地上げのノウハウを、国際政治の場にまで持ち込めると思い込んでいるのではないか。少なくとも、もともと住んでいた人たちを強制的に移住させるなど、国際法が明確に禁じている「民族浄化」にもなりかねないことを(事実、国連もその観点から非難している)、理解できていないとしか思えない。

21日には、サウジアラビアのリヤドで、アラブ主要国の高官らが非公式の会合を開いた。なにぶん非公式なので、詳細は明かされていないが、漏れ伝えられるところによると、トランプ大統領の、米国がガザを保有するとの構想には一致して反対であることと、パレスチナ国家の主権を維持すべきとの従来の立場は変わらないことが確認されたらしい。そして、トランプ大統領への「対案」として、ガザ復興のために邦貨にして7兆円近くを拠出することも議論されたようだ。3月4日にはエジプトのカイロで、緊急首脳会議が開かれる予定で、おそらくはその場で、具体的な案が詰められるのだろう。

こうした国際世論の猛反発を受けて、トランプ大統領は22日、自身の構想は、「強要はしない」と早くもトーンダウンした。

誰か、彼に「画期的」と「非常識」の違いを教えることはできないものか。 

次回はロシアによるウクライナ侵攻問題について見る。

トップ写真:ホワイトハウスで会談するヨルダンのフセイン国王とアメリカ・

トランプ大統領(2025年2月26日アメリカ・ワシントン)出典:Photo by Andrew Harnik/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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