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.国際  投稿日:2025/2/28

これではまるで、プーチンの傀儡だ トランプ政権にもの申す その3


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

ロシア・ウクライナ戦争は4年目に突入、トランプ氏の「頭越し」和平交渉が進行中。

・トランプ氏はウクライナのNATO加盟を否定し、レアアース利権を要求するなど、ロシア寄りの姿勢。

・安易な停戦はロシアの軍事力再編を許し、将来的に欧州全体の脅威を増大させる可能性が高い。

 

ロシアによるウクライナ侵攻によって始まった戦争は、間もなく4年目に入る。

まずは今日に至るまで、プーチン大統領が‘(たとえ威嚇にとどめたとしても)核のボタンに手を掛けることがなかったのは、不幸中の幸いであったと思える。

ただ、目下トランプ大統領が進めているような、ロシアとの「頭越し」和平交渉によって停戦が実現した場合、ウクライナはもとよりヨーロッパ全体が、新たな脅威に直面することは、火を見るより明らかだ。

なぜならば、今はロシアの大統領というより独裁者と呼ぶべき立場だが、ソ連邦時代にはKGB(国家安全委員会=秘密情報部)の中佐だったプーチン氏は、かねてより

偉大なるソ連邦

の復権を夢見ており、ふたつの超大国(言うまでもなくロシアと米国)が世界を分割統治するという、冷戦時代の世界に戻そうとしているとしか考えられないからだ。

これは決して、私一人が見るところではなく、2000年に第1期プーチン政権で首相に抜擢されたが、袂を分かって民主化を訴える立場になったミハイル・カシヤノフ氏も、NHKを含む西側メデカの取材に答える形で、同様の意見を繰り返し開陳している。

氏の考えでは、トランプ大統領は当初、ロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領をともに停戦交渉のテーブルに着かせたいと考えていたが、プーチン大統領にその気はなかった。

トランプ大統領と直接交渉して、

「世界の運命を決定づけたい」

と思っているのだという。

もちろん人の心の中までは分からないが、これまでの経緯を見る限り、カシヤノフ氏のこの意見に異を唱える根拠はなにひとつ見出せない。

実際問題として、トランプ大統領はウクライナが望んでいたNATO加盟についてはNOの判断を示し、ロシアが占領している領土の奪還も「難しい」とコメントした。

そればかりかゼレンスキー大統領に対し、これまでの支援の見返りとして、同国で採掘されるレアアース(希少鉱物)の利権を譲渡せよ、と迫ったのである。

ゼレンスキー大統領としては、素直に受け容れられるはずがない。

すると途端に彼のことを、

「交渉カードも持たないくせに強気だ」

などと非難しはじめ、しまいには、

「選挙を経ていない独裁者」

などと悪し様に言う始末。これに各国の首脳(もちろんロシアとどの同盟国以外)が、一斉に批判的な声を上げた。日本の林官房長官までが、トランプ大統領の発言を明確に批判することはなかったものの、ゼレンスキー大統領については、

「正当な国家の代表者と認識している」

とコメントしたほどだ。

しかしその後、具体的には23日までに、米国政府筋は、くだんのレアアースをめぐるウクライナとの交渉が「最終段階に近づいている」とコメントするに至った。25日深夜には、合意に達した模様だとの第一報が入っている。

すこしだけ時空列を遡ると、ゼレンスキー大統領が同じ23日の会見で明らかにしたところによれば、米国は当初、これまでの援助額=ウクライナから代償として譲渡されるべきレアアース(利権)の金額を「6000億ドル=約74兆6350億円」としていたが、これを取り下げたのだという。同大統領は、せいぜい900億ドルだと重ねて強調していたが、おそらくこれに近い金額が「落とし所」となったのだろう。

これには、プーチン大統領が、ロシア軍が占領あるいは実効支配しているウクライナ東部の領土について、

「米国と共同で資源開発に乗り出す用意がある」

などと発言したことも関係していると見て、まず間違いないだろう。

トランプ大統領は就任前、自分が再選されたならロシアとウクライナとの戦争は

「24時間で終わらせる」

などと述べていたが、これはいくらなんでも誇大広告で、前述のカシヤノフしによれば、ロシアはあと半年くらい交渉を引き延ばす可能性が高いという。

と言うのは、トランプ大統領がすでに、ウクライナのNATO加盟を否定し、領土の20%にもなる占領地の返還を迫ることもしない、と述べてしまっているからで、ロシアとしては、あとは経済制裁の解除もしくは緩和(=骨抜き)を要求してくるだろう、と容易に予測できるからだ。

トランプ大統領がゼレンスキー大統領について、交渉カードも持たないくせに強気だ、と非難したことはすでに述べたが、自分はどうなのか。名前はトランプだがポーカーフェイスで交渉にのぞむことさえできず、それどころか自分の手札を先に見せてしまったようなものではないか。

本物のトランプ(和製英語だが)すなわちただのカード遊びならば、バッカじゃなかろうか、で済まされるかも知れないが、停戦交渉となるとそうは行かない。戦争が長引けばそれだけ犠牲者が増える。

しかし一方、年内にひとまず停戦となっても、今度はロシアの脅威が増大する結果を招くことになろう。

この戦争で、ロシアはたしかに多くの戦争資材を失った。とりわけ戦車など装甲先頭車両は、7000輛とも1万輛とも言われる数が破壊されたと伝えられる。

これを受けて、わが国には、ロシアは今後100年は兵器輸出大国の座に返り咲けないだろう、などと開陳した「国際ジャーナリスト」もいたが、あの国のウォーポテンシャルを侮るにも程があるのではないだろうか。

ウォーポテンシャル(潜在戦争能力)とは、具体的には資源、人口、工業生産力、軍事技術といったところであるが、そのいずれをとっても、ロシアは世界有数である。

第二次世界大戦の独ソ戦においても、当初ソ連地上軍が保有していた戦車は、ナチス・ドイツ軍の機甲師団の前に、あっさり壊滅させられた。しかし、これを奇貨としたソ連邦は、旧式戦車を一挙に新型に切り替えて、ついにはベルリンまで攻め落としたのである。

今次の和平交渉でも、武力で現状を変えようとした者を甘やかすがごとき解決案では、必ずや将来に禍根を残す。

戦力を再整備したロシア軍が、再びウクライナ、いや、ヨーロッパに対して牙をむくようなことがあれば、歴史はロシアのみならず、トランプ政権をも重く罰するであろう。

トップ写真:ウクライナのキーウで、ミサイルの爆発で破壊された民家の廃墟を歩く人々(2023年12月11日)出典:Photo by Oleksii Chumachenko/Global Images Ukraine via Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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