無料会員募集中
.国際  投稿日:2025/3/6

負けるな「多様性の国」 トランプ政権にもの申す 最終回  


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・トランプがDEI撤回とトランスジェンダー制限令発令。

・スポーツや軍でトランス排除、マスク支援でリベラル狩り。

・米65%が権力乱用を危惧、日本ネットは好意的。

 

 シリーズ第1回でも少し触れたが、トランプ大統領が就任直後から矢継ぎ早に発する大統領令について、わが国でもネットを中心に、さすがトランプ、と褒めそやす声がよく聞かれた。

 

 まずは1月23日、前任のバイデン大統領が強力に推進してきた、連邦政府のDEI(Diversity多様性、Equity平等性、Inclusion包括性)政策を撤回する大統領令に署名し、担当部署の全職員を休職扱いとして、将来的には部署そのものを廃止すると明言した。

 

 続いて25日には、連邦政府が認める性別(具体的にはパスポートや公的な証明書に記載できるもの)は「男性」と「女性」のみとし、トランスジェンダーの場合、出生時の性別しか公的に使用できないこととした。

 

 さらに続けて、米国内で開催されるスポーツ大会においては。トランスジェンダーの選手が女子の種目に出場することを全面的に禁ずるとした。その際、とりわけ問題なのは格闘スポーツであるとの趣旨で、

「トランスジェンダーの選手が女子を殴りつけるなど、あってはならぬこと」

 とのコメントがあり、記者会見場に詰めかけた女性の支持者たちから拍手喝采であった他、日本の一部ネット民から、またしても「さすがトランプ」との声が聞かれたのである。

 おそらく彼らが念頭に置いているのは、昨年夏のパリ五輪において、女子ボクシングの66㎏級で金メダルに輝いたイマネ・ヘリフ選手(アルジェリア)にまつわる「性別論争」だろう。

 

 当初この選手はトランスジェンダーだという誤った情報が流れ、女子の種目に出場させてよいのか、という議論も巻き起こった。事実彼女は、男性と同じXY染色体を有している。

 しかし五輪組織委員は、

「彼女は女性として生まれ育っている」

 との理由で、出場資格は正当なものであったとした。この主張の裏には、2023年に開催された世界選手権において、彼女を性別不適格として出場させなかったIBA(国際ボクシング協会)が、汚職などの問題で管理団体としての資格を剥奪されたことから、一種の当てつけではないか、との見方があることは、本連載で紹介させていただいている。

 

 ところが昨年暮れになって、実は対開催前の6月に、パリ市内の病院とアルジェリアの病院の専門家が共同で作成した報告書が流出した。

 

 フランスの雑誌がすっぱ抜き、日本でもスポーツ紙などで報じられたが、その報告書によると、同選手の睾丸は体内に埋もれており、子宮は見当たらない。前述のようにXY染色体を持ってもいるので、

「生物学的には男性と見なされるべき」

 とのこと。

 

 五輪組織委が、この報告書の存在を知りながら同選手の出場を認めたのか、今のところ続報もないので詳細は不明だが、もしそうであるなら、それはそれで問題視されるべきだろう。しかしながら、依然としてこの選手はトランスジェンダーではない。

 

 さらに、トランスジェンダーの軍人についても「遠からず全員退役してもらう」と発言している。かつて米国において、軍とCIA(米中法情報局)だけは同性愛者を厳しく排除していたが、その時代に戻そうということなのか。

 

問題は、トランプ大統領がどうしてここまでトランスジェンダーを目の敵にするのか、という点だが、これは冒頭で述べたように、これまでバイデン前大統領に代表されるリベラル勢力が掲げてきた、アメリカ合衆国は多様性の国である、という理念を否定しようとしているからに違いない。少なくとも、現状を冷静に見る限り、他の理由があるとは考えにくい。

 

本誌でも宮家邦彦氏が『マスクの魔女狩り』と題した記事を寄稿されているが、その中でも明確に述べられているように、

「気に入らないキャリア連邦公務員を片っ端から辞職に追い込もうとする、一種の〈魔女狩り〉〈赤狩り〉〈リベラル狩り〉がついに本格化した」

 のである。マスクとは言うまでもなく、イーロン・マスク氏のこと。

 

 南アフリカ出身(1971年プレトリア生まれ)の起業家で自動車メーカーのテスラやX(旧Twitter)のCEO(最高経営責任者)として知られる。

 

 かねてからトランプ大統領の熱心な支持者で、選挙期間中、

「トランプに投票すると約束した者には抽選で100万ドル(1億円以上!)を進呈する」

 とのキャンペーンまで行った。

 

 こんなことが違法にならないのだから、なるほどアメリカ合衆国は自由の国だ、と皮肉のひとつも言いたくなるが、その功績なのか、マスク氏は今や連邦政府の上級顧問で、大統領の肝煎りで新設されたDOGE(政府効率化局)のトップである。

 

 米国民がよく黙っているものだ……と思われた読者もおられるかも知れないが、実は案外そうでもない。

 最新の世論調査によれば、今や米国民の65%は、

「トランプ大統領にこれ以上、好き勝手に権限を行使させるのは危険」

 と考えている。

 

 そうした世論の動きを知ってか知らずしてか、25日、トランプ大統領はついに、

「今後、大統領への代表取材を行う記者は、ホワイトハウスが指名する」

 と発言し、各国のメディアから猛反発を受けた。

 

 また前述のDOGEでも、マスク氏のやり方に抗議して職員21人が一斉に退職するという事態も起きている。

 バイデン政権が推進したDEI政策は、たしかに拙速でいびつな面もあったのだろう。

 やはりシリーズ第1回で触れた紙ストローの問題と同様で、民間の良識に任せておけばよいような事柄まで政府が推し進めるから、そこに歪みが生じてくるのだ。

 

 実際問題として、マクドナルドなど米国の大企業の多くは、この政策がトランプ大統領によって覆されたことを歓迎していると聞く。これまで従業員の採用や待遇を決めるに際して、常に「DEI適合」か否かに気を遣って、コンサルタントに多額の報酬を支払っていたが、その必要がなくなったということらしい。

 

 そうではあるのだけど、その事実をもって、人種的あるいは性的マイノリティーの人権がないがしろにされてよいということにはならないし、政府の方針に「不適合」な公務員は職を奪われ、政府の覚えめでたいメディアしか主催が許されない、などという国になってよいとは、私には到底考えられないのである。

 

 トランプ大統領本人は相も変わらず「アメリカ・ファースト」を掲げて意気軒昂だが、このままでは「アメリカ・ワースト」になってしまうだろう。

 

トップ写真:大統領執務室でトランプ大統領が大統領令に署名する際に、同席するイーロンマスク氏と息子 2025 年 2 月 11 日 ワシントン DC ホワイトハウス

出典:Andrew Harnik/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."