トランプ関税と消費税 「欧か、米か」の時代の予感 その6

林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・トランプ関税への対応と消費税の問題とは、別個の問題として論じなければならない。
・消費税を巡る議論では、輸出企業の優遇など不公平な徴税システムこそ日本国内で問題視されるべき。
・現在の日本経済を考えると、消費税の一時凍結は景気回復と財政改善の両面で効果が期待でき、実現は減税による経済活性化を財務官僚が理解できるかどうかだ。
またしても消費税が議論の的となっている。
きっかけは言うまでもなく、4月2日に米トランプ政権が「相互関税」を発動したことだ。
米国に輸入される自動車に25%の関税を課すというもので、1979年以降、輸入車に関税を掛けていないばかりか、米国に巨額の投資をし、かつ米国債の保有残高世界一でもある日本が対象外とされなかった理由として、日本の消費税がヨーロッパ諸国の付加価値税と同様(呼び方が少し違うだけでなく、税率やシステムも結構異なる)、米国から輸出される自動車に対する「非関税障壁」になっていることを挙げている。
議論の的になっていると述べたが、厳密に言うとマスメディアは、この問題にスポットを当てることを避けているように見受けられる。消費税廃止論議が高まることを警戒する政府や財務省に忖度してのことではないと信じたいが笑。
その詮索はさておいて、世に言うトランプ関税を消費税廃止論議への追い風と受け止める声は、ネットを中心に、今や無視できない規模となってきている。
ただ、ここにひとつ問題があって、
「消費税廃止」「財務省解体」
を主張してデモを行う人たちの中に、ある種の陰謀論にとりつかれた人たちが見受けられる。現に4月9日には、
「ディープステートの手先 財務省解体!」
という横断幕を掲げてデモを行った団体があった。複数のメディアが写真入りで報じている。
正直、これは感心しない。
本連載でも数次にわたって指摘させていただいたが、トランプ大統領のコアな支持者、というより、もはや信者と呼ぶべき人たちの中には、ディープステート(闇の政府、とでも訳すべきか)の存在を本気で信じていて、
「今の世界はディープステートに支配されつつあり、トランプ大統領こそはその支配を打破せんと、敢然と立ち上がった勇者である」
などと、これまた本気で主張する人たちが一定の割合で存在する。そうした「信仰」が日本にも伝播していて、それが前述の横断幕に結実しているのだろう。
これでもし(現実的な可能性はまずないが)、日本政府が消費税廃止の方向に振れでもしたら、たちまち
「やはりトランプ大統領は正しかった」「ずっと政権の座にいて欲しい」
ということにでもなるのだろうか。
今回はあえて結論から先に述べさせていただくが、いわゆるトランプ関税への対応と消費税の問題とは、別個の問題として論じ分けなければならない。
そもそも米国製の自動車(以下、アメ車)の販売実績が日本でなかなか伸びない原因は、消費税に求められるのだろうか。
もちろん、そんなことはない。
1980年代後半のいわゆるバブル期にも、米国はアメ車の輸入拡大を強要せんばかりの態度で、日本政府も「輸入品を買おう」というキャンペーンを張ったが、これは実らなかった。端的に述べると、ベンツやBMWは大いに売れたが、キャディラックやリンカーンはそれほど売れなかったのである。
今日の貿易不均衡問題にせよ、たしかに日本車は米国で売れまくっているが、ソフトウェアや農産物などは日本の大幅な輸入超過になっているのが事実で、いわばトランプ大統領が課した「相互関税」など、的外れにも程があるという話なのだ。
ここであらためて消費税に目を向けると、以前にも本連載で指摘したことがあるが、
「海外の消費者からは消費税を取れない」
という論理でもって、自動車メーカーをはじめとする輸出企業は消費税を納めていない、というのが現実はある。
ただ、このシステムによって損害を被っているのは、米国の消費者ではなく、不公平な税負担を強いられている日本の納税者だろう。とりわけ、メーカーに部品を納入している中小企業などは、しばしば「消費税分の値引き」を強要されたりしている。自分たち大手輸出企業は消費税を納めていないのに。
もう少し詳しく知りたいという向きは、前掲の記事でも紹介させていただいた『今こそ知りたい消費税』(葛岡智恭と共著・NHK生活人新書。電子版は『納税者だけが知らない消費税』のタイトルにてアドレナライズより配信中)をご一読願いたい。
消費税(ヨーロッパでは付加価値税)の起源が古代ローマにまでさかのぼることなども、この本をお読みいただければご理解いただけよう。
一点だけ補足しておくと、米国に消費税がないのは、第二次大戦後、その膨大な生産力を支えた工業インフラが無傷で残った「真の戦勝国」だったからである。
ただ、日本に目を向け直すと、別に予防線を張ろうという了見ではないが、前掲書の初版は2009年で、当時も景気はよくなかったものの、国民は今ほど物価高騰や増税(社会保障費負担の増大も含む)に苦しめられてはいなかった。そこで同書では、財政再建の観点から「消費税は上げざるを得ない」と述べつつも(当時は税率3%で、翌2010年に5%に引き上げられた)、前述のような不公平な徴税システムは廃すべき、との議論を開陳させていただいた。我々は断じて増税論者ではない。
まして現在の経済状況に鑑みると、消費税の一時凍結も視野に入れてよいのでは、とさえ考えられる。
具体的にどういうことかと言うと、今や働く日本人の3人に1人は非正規雇用で、その多くが年収200万円台とされている。たとえ正規雇用でも、生活保護水準以下の賃金しか受け取れない「ワーキングプア」も増える一方だ。
年収200万円台では貯蓄余力などまず望めないので、これは全世帯の3割近くが「貯蓄ゼロ」というデータと符合する。
言い換えれば、年収200万円台の国民はそのほとんどを消費して、どうにか生活しているわけで、単純計算で毎年20万円ほどの消費税を納めている。これを一時凍結すれば、一律20万円の給付金と同じ効果が得られる。いや、富裕層も高級品を買いやすくなるわけだから、景気テコ入れの効果も見込めるのだ。要は、
「たとえ減税しても、その結果として経済が活性化すれば、財政は必ず楽になる」
という経済原則を、日本一の頭脳集団であるはずの財務官僚が理解できているか否か、にかかっている。
このことは、くどいようであるけれども、いわゆるトランプ関税の問題とは、本質的に関わりのない話なのである。
トップ写真)バチカン市国のサンピエトロ広場で行われたフランシスコ法王の葬儀に出席したドナルド・トランプ米大統領とメラニア・トランプ米大統領夫人-2025年4月26日、バチカン市国
出典)Photo by Dan Kitwood/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。
