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スポーツ  投稿日:2025/6/9

「海外組」から次世代の指導者を! 欧州のサッカー市場を賑わす日本人 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・サッカー界では若い選手たちが積極的に海外に挑戦しており、その経験は高く評価すべき。

・言葉や文化の違いなど困難は多いものの、異国での生活は精神的成長や視野の拡大に寄与する。

・将来の日本サッカーを見据えると、国際経験のある次世代の指導者を育成する必要がある。

 

5月末に書き上げた原稿を推敲し、送信しようとした矢先、具体的には3日朝のことだが「ミスター・ベースボール」長嶋茂雄氏の訃報に接することとなった。

 享年89。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 今回のシリーズでは日本人サッカー選手の話題を取り上げているが、話の流れで、長嶋氏のエピソードも、ちらとだけ扱わせていただいた。

 具体的にどういうことかと言うと、前世紀の終わり頃、シリーズ第2回で取り上げたボスマン判決について調べた際、

(日本のプロ野球とは逆の行き方だったのか)

 などと考えた事がきっかけである。

 かつてプロ野球界では、選手と球団の契約は基本的に任意で、また他の球団に移籍するには、トレードの場合を別として色々とハードルがあった。

 この結果、人気と資金力のある球団に選手が集中して、チーム力が偏在し、なおかつ、そうした人気球団の試合ばかりがTV中継されていたため、人気の偏在にも歯止めがかからない、という悪循環が起きていたのである。

 そこで、1965年からドラフト制度が導入され、新人選手と優先的に交渉できる権利を各球団に割り振ることとなった。

 また、ヨーロッパのサッカー界にかつて存在したような「保有権」はなかったが、日本の企業社会を特徴づける「終身雇用制」的な発想が持ち込まれており、前述のように、選手の移籍は珍しいことであった。

 こちらも1993年から、一定の在籍年数に達した選手は、移籍について他球団と交渉できる権利が付与されるFA(フリー・エージェント)の制度が挿入されている。

今では、海外の球団が移籍金を支払うことで選手を獲得できるポスティング・システムも導入されていることは、よく知られる通りだ。

 とは言うものの、2000年代に入っても、スポーツ紙などの意識調査によれば、野球の新人選手のうち、将来は海外進出(具体的には大リーグ)との希望を持つ者は2割に満たなかったのに対し、Jリーグの新人はほぼ全員が、チャンスがあれば海外進出したい、と回答していた。

 そのような中、長嶋茂雄氏がTVに出て、代の巨人ファンとして知られるディレクターと対談したのだが、

「長嶋さんの現役時代に、今みたいなポスティング・システムのようなものがあったら、大リーグに行きましたか?」

 との質問に、

「ああ、行ったでしょうね」

 と笑顔で即答したのが印象深かった。

 世にアンチ巨人は多いのだが、長嶋氏を悪く言う人は滅多にいなかった要に思える、その理由は、やはりこうした、屈託のない人柄にあったのだろう。私もアンチ巨人ながら長嶋氏の人柄には惹かれていた一人で、だからこそ「ミスター・ジャイアンツ」ではなく「ミスター・ベースボール」と呼ばせていただいている。

 当時はまた、プロ野球界にも大リーグ志向が広まる一方で、投手で本塁打王などという、漫画を地で行くような選手が登場しようとは想像もできなかった。

 話をサッカーに戻して、今回のシリーズでは、ヨーロッパで日本人選手の「市場価値」が高騰を続けている、という話をしているが、全ての選手がそのように成功しているわけでは、もちろんない。

 今さら名前を出してもはじまらないと思うが、日本人には珍しい大型フォワード(身長190㎝)で、高校時代から「怪物」と称されて、大学在学中にオランダのクラブに入団した選手がいた。

 そのクラブでも、そこそこの成績は上げたのだが、どうも外国暮らしになじめなかったらしく、わずか1年で帰国している。

 どうしてこのような例を引き合いに出したかと言うと、たとえ結果はでなかったとしても、大学在学中に海外のプロリーグに挑戦するという意気込みは高く買っているからだ。

 これまで色々な場で述べてきたことだが、サッカー選手に限らず、日本の若い人たちは、チャンスと力さえあれば、海外で学んだり働いたりする経験をして欲しいと願ってやまない。

 海外進出と簡単に言うが、まず言葉の問題がある。気候風土も違う。色々な意味で生活習慣とか文化が違う。

 そうした中で現地の人たちと肩を並べ、競争しつつ金を稼ぐというのは、たしかにそう簡単なことではない。

 私はアスリートではないけれども、比較的長い海外生活を体験しているので、そのことはよく理解している。だからこそ、そうした経験をした人間は精神的に鍛え上げられ、視野も広がるのだということも、同時によく理解している。

 現在、日本代表はワールドカップ北中米大会に向けたアジア最終予選を戦っているが、すでに予選突破=本大会参加は決まっており。先発メンバーを大幅に入れ替えて若手をテストしようという森保一監督の采配に、賛否両論が聞かれる。

 私はこの采配は間違っていないと思うし、もともと代表監督は「長期政権」の方が望ましいと考えていた。

 ただ、森保監督の国際経験の乏しさに、一抹の不安を感じていたことも、正直に述べておかねばならないだろう。

 今の日本代表のレギュラー陣には、英語、スペイン語、イタリア語などを流暢に話す者が多く、彼らが通訳なしで外国人記者団のインタビューに応じている時、監督だけ蚊帳の外、という光景を幾度も目にしたからだ。21世紀の代表監督が、こういうことでよいものだろうか。もちろん、

「勝っているチームはいじらない方がよい」

 というセオリーを援用して述べれば、結果を出している監督への拙速な交代論など愚の骨頂である。

 とは言え、5年先、10年先の日本サッカーを見据えたならば、海外のリーグでもまれてきた選手達の中から、次世代の指導者が早く育って欲しいものだと、切に願う。

 

トップ写真)読売ジャイアンツの長嶋茂雄元監督とポーズをとるニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜 アメリカ-ニューヨーク 2003年4月29日

出典)Photo by Al Bello/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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