"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

女性に照準、玉造温泉復活劇

出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

「出町譲の現場発!ニッポン再興」

【まとめ】

・1300年以上の歴史もつ玉造温泉が、一時期閉館の危機にさらされた。

・温泉街のイメチェンから始め「行きたくなる場所」を地道に作った。

・現場の改革意識、夢物語を継ぐ努力、独自性の追求で再生を果たす。

 

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「ゴーストタウンでした。とにかくお客さんが歩いていない。店もどんどんつぶれていました。団体旅行が中心の温泉街だったのですが、宿泊客が減っていきました」。島根県松江市にある玉造温泉を再生させた仕掛け人、角幸治(すみ・ゆきはる)は、振り返る。

出雲大社と松江城という観光地に近く、隆盛を誇った玉造温泉。山陰屈指の温泉で、日本最古の湯の一つだ。この玉造温泉は、1992年に大きな転機を迎える。米子自動車道が開通したのだ。岡山や鳥取からの観光客の増加が見込まれる。

そこで、玉造温泉の老舗旅館は次々に設備投資を行い、大型化を図った。チャンス到来と思った投資だったが、それが裏目に出た。時代のトレンドは団体旅行から個人旅行へとシフトしていた。つまり、団体が旅行代理店経由で旅をするのではなく、個人がインターネットなどを手掛かりに宿を選ぶ時代が到来したのだ。潮流を読み違えた代償は小さくない。2000年以降、観光客が減り続け、2007年には15ある旅館のうち、4つの旅館が経営破たんした。

このままでは1300年続いてきた玉造温泉がなくなってしまう」。その危機感が住民の間で広まり、再生への取り組みが始まった。

角は仲間と一緒にまず手掛けたのは、温泉街のイメージチェンジである。

「いろいろアイデアが出ましたが、どれも二番煎じ。そんなとき、出雲国風土記で玉造温泉は美肌の湯として記されていることから、美肌を追求した方がいいと思いました」

玉造温泉を美肌の温泉として前面に打ち出した。若い女性をターゲットにしたのだ。美肌温泉を使った化粧水などを販売すると、若い女性らが次々と足を運んだ。

私は角の案内でこの温泉街を取材した。見るものすべてが新鮮だった。1990年代前半に島根に赴任していた当時の玉造温泉とは様相が一変していたからだ。その時の玉造温泉は浴衣を着た男性がほとんどで、女性は近づきがたい雰囲気だった。しかし、今は色とりどりの浴衣を着た若い女性が往来する。

▲写真 筆者提供

さらに驚いたのは、通りを歩くと随所に見掛けたお金をもうけるシステムだ。例えば、無人で温泉のお湯を販売する一角。温泉が湧き出る水飲み場のようなところに、小さなボトルが置いてある。ボトルに入れて温泉を持ちかえれば、料金は200円。人件費もかからない販売所である。ボトルの原価が80円でこれだけで120円のもうけである。年間では1200万円の売り上げになる。

▲写真 筆者提供

街の中心部を流れる小川のほとりには、小袋に入ったコイのエサが置いてある。料金は100円。貯金箱のような箱にお金を入れ、えさを購入する観光客は後を絶たない。橋の上では、スマホを置く台が設置されていた。そこで若いカップルが笑顔で立ちVサインを出していた。

何か大きなことをやったわけではありません。地道にコツコツできることをやったのです

最大の収益源は、温泉の湯を使った石けんやハンドクリームなどの販売店だ。この店を含めて四つの店を出し、収入は総額3億円以上になる。地域の住民がもてなすボランティアの報酬もそこから支払われる。

 

■ 「願い石」に光

そして角が案内してくれたのは玉作湯神社(たまつくりゆじんじゃ)である。温泉街のシンボルのようなお宮だ。「かつては年間100人の参拝者でしたが、今では20万人です」。

そこには巧妙な仕掛けがあった。昔から奉られていた石を「願い石」とネーミング。その石を触って祈れば願いがかなうというストーリーをアピールした。

観光客が行きたくなるような目的地を作ることにしました。ハコモノは予算ばかりかかり、どれほど効果があるか分からない。そこで、地域の観光資源である玉作湯神社をプロデュースしたのです」。

この神社は想像以上の、力の源泉となる。20万人が参拝する神社があれば、観光客の動線ができる。自然と出店が相次ぐ。そんな好循環を実現したのだ。「かつては補助金で出店する店がありましたが、補助金の期間がすぎると、ほとんど撤退していました」

私は角の話を聞きながら思った。重要なのは、現場から湧き出た改革の志、そして夢のあるストーリーを紡ぐ努力である。従来の常識を壊す勇気が必要である。玉造温泉は、模倣をせず、独自の美肌の湯を目指したことが成功の要因だ。(敬称略)

トップ写真:美肌温泉ボトル 出典:玉造温泉Facebookページ