古都松江市、IT企業の「聖地」に 高岡発ニッポン再興 その8
出町譲(高岡市議会議員・作家)
【まとめ】
・松江市は、若者の雇用の場を作るための「Rubyの聖地」へと生まれ変わった。
・同市では、産官学が共同してITを通した人材育成を行っている。
・このような健全な危機感こそが行政には必要である。
私はこの連載で、先日「第2の竹平政太郎」をつくろうと呼びかけました。高岡では、アルミニウムだけにこだわらず、新しい産業を起こす人が必要だと思ったのです。鋳物、アルミニウム、さらに次世代の産業が必要になる。私はそう実感しています。
その手掛かりを求めて先日、松江市を訪れました。この地は、30年前、時事通信松江支局の記者として赴任していたところです。その時の松江市の印象は「美しきまち」です。宍道湖の夕焼けにほれ込み、国宝松江城など、勇壮さに心打たれました。観光地だが、それほど知られていません。静かさが住む者にとって心地よかったのです。
人口20万人の古都は今、ITエンジニアから熱視線を浴びています。過去15年ほどで、IT企業40社ほどが進出しているのです。エンジニアも毎年20人ほどが移り住んでいます。
別の数字にも驚きました。令和2年度末のサテライトオフィスの開設状況では、松江市は堂々、全国4位となっているのです。松江を上回っているのは、新潟市、札幌市、仙台市の政令指定都市のみです。人口や財政規模を考えると、松江の突出ぶりには驚きます。ちなみに、私が市議会議員を務める、人口17万人の高岡市は1社だけです。
松江市にいったい何が起きたのでしょうか。
伏線となったのは、2005年の国勢調査でした。松江市の人口が初めて減ったのです。人口流出を防ぐため、新たな産業を生み出して、若者の雇用の場を作る。それが差し迫った課題となりました。
松江市役所の担当者は「松江市の基幹産業は観光です。しかし、人口流出を止めるには力不足。当時の市の担当者は、どのような政策が可能なのか、検討していました。その時、当時の部長が、まつもとゆきひろ氏(編集部注:国産プログラミング言語「Ruby」の開発者)が紹介されたある雑誌をもって、松浦正敬市長の部屋に駆け込み『Rubyの聖地』にしましょうと訴えたのです」と話す。
この言葉が号砲となりました。松江市は「Rubyの聖地」にするためのプロジェクトを始めたのです。
▲写真 松江オープンソースラボ(筆者提供)
IT企業の誘致に取り組み、その際、コミュニティーづくりと人材育成に力を注いだのです。まずは、IT業界の人たちの情報交換の場として、2006年に「松江オープンソースラボ」を開設しました。
JR松江駅前にあった市の遊休施設を改装したのです。この場で、ITエンジニアが企業の枠を超えて、つながる。共同で勉強会を開いたり、プロジェクトを検討しました。そこにRubyの生みの親、まつもと氏が顔を出すこともあります。
松江に進出したIT企業の社長によれば、顧客からの注文をさばききれないとき、IT企業同士が声を掛け合い、分担して仕事を請け負っているといいます。ライバル企業なのに、松江市では“ワンチーム”になっています。
松江市はまた、産官学で人材育成を強化しています。2007年から島根大学、08年から松江工業専門学校で、「Rubyプログラミング講座」を実施しています。講師は、まつもと氏やRuby開発に関わるエンジニアなどです。
さらに、16年からは、松江市内のすべての市立の中学校の技術・家庭科の授業で、Rubyを使った教材で授業を展開しています。20年からは、小学校でもRubyを用いた教材の利用が始まっています。小学校から大学まで、ITに精通した人材育成に力を注いでいるのです。
▲写真 松江市役所(筆者提供)
IT企業は人材確保が急務となっているが、こうした松江市の取り組みは次々に、新たなIT企業を呼び込む結果につながります。地元からエンジニアが供給されているからです。それが、冒頭にお伝えした、サテライトオフィスの誘致数に直結するのです。補助金などをぶら下げて、企業誘致するやり方とは一線を画しています。
松江市はテレワーク環境の整備にも力を注いでいます。光回線の高速通信網が市内をカバーしているのです。温泉地のホテルなどにもテレワーク用の部屋を次々に設けています。日本経済新聞の調査によれば、松江市のテレワーク環境は、全国で3位。人口10万人以上の285市区が対象となっています。
コロナ危機をきっかけに、サテライトオフィスの誘致やリモートワークは花盛りです。東京に住む人の中で、地方移住への関心も高まっています。
しかし、松江市はそれよりはるか以前に危機感を抱き、動いています。今回取材して、健全な危機感こそ、行政に求められていると、改めて痛感しました。
トップ写真:松江城(筆者提供)
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。