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.経済  投稿日:2019/9/12

「日本一の子育て村」の秘密


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

「出町譲の現場発!ニッポン再興」

【まとめ】

・島根県邑南町の斬新な「嫁探し」事業に多くの女性が応募。

・移住者増を目指し「A級グルメのまち」を打ち出した。

・「日本一の子育て村」も標榜し、出生率を2.61に押し上げた。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47869でお読み下さい。】

 

企業再生にしても、地域再生にしても近道はない。危機感を抱き、動くことが第一歩だ。「このままでは、わが社、わが故郷が消滅する」。そんな思いを強くすれば、抵抗があっても、突き進むことが可能だと思う。効果が出てくるのは、時間がかかるかもしれないが、攻め続けることが大事だ。楽観論を振りまき、これまでの政策を自画自賛している地域に未来はない。

私は1990年に時事通信社に入社した。駆け出しのころ、島根県に赴任した。松江支局の記者として、県内をくまなく取材した。当時、島根県が抱える最大の課題は、少子高齢化だった。高齢化率は全国トップを走っていた。県庁は定住対策を掲げ、各市町村は奔走した。

それから四半世紀あまり。状況は一変した。今年の人口動態調査によれば、出生率は1.72で、沖縄に次いで全国2位だ。現場の努力が実を結びつつあると思う。

私が強烈に印象に残っているのは、県西部の石見町(現邑南町:おおおなんちょう)だ。露骨な定住対策を実施し、話題となった。私は松江市から3時間ほど運転して、現地を訪れた。それは、全国の独身女性に1年間住んでもらう政策だ。

「ハーブの栽培や農作業をしませんか」と呼び掛け、風呂付きの個室を用意。しかも、月7万円支給するものだった。町はこの事業のため、滞在施設とハーブづくりの作業場を建設した。現金も用意した「嫁探し」事業である。当時としては斬新すぎる政策だ。批判も出ていたが、町長は実施を決断した。

結果的にハーブづくりは若い女性の心を捉えた。6人の募集に71人が応募してきた。コンピューターに取り囲まれたり、時間に追われたりする生活に疑問を感じ、応募する若い人が多かった。私は当時、『地方行政』という冊子にこう書いた。

「こうした女性たちが、人の流れを変える起爆剤になる可能性が十分ある。都会へ人が流れる一方で、田舎で生きるライフスタイルが増えてもいいではないか。彼女たちの笑顔をみながら、そんなことを感じた」

当てずっぽうで書いた締めの言葉だが、移住という点では大きな成果を上げた。2013年までに102人の研修生のうち、実に34が町に定住した。さらに、研修生キッズと呼ばれる子供たちも29人。人口増に大いに貢献した。

この石見町を引き継いだ邑南町は、今ではA級グルメのまちとして知られている。B級グルメがあふれる中、あえて打ち出した。

▲写真 A級グルメのレストラン「AJIKURA」のランチコース 出典:邑南町 地域みらい課

地元には、石見和牛をはじめ、放牧酪農の牛乳、キャビアなどおいしい食材がそろっている。「ここでしか味わえない」食体験を提供すべきだ。カリスマ公務員として知られる寺本英仁がA級グルメの言い出しっぺとなった。本当においしいものは地方にあるという信念に基づいた行動だ。

2011年には町営のイタリア料理のレストランがオープンした。「はやるはずはない」という懸念はすぐに吹き飛んだ。メニューは決して安くはないが、客は絶えない。

レストランが引き付けたのは、観光客だけではない。自ら料理をしたいという若者たちも集った。また、町営の農園も整備され、有機野菜の栽培のノウハウを学べる。さらに、新設された起業家塾では、事業計画のつくり方なども習得できる。自分の店を持ちたいという人には、うってつけの環境の整備だった。

▲写真 A級グルメのレストラン「AJIKURA」の外観 出典:邑南町 地域みらい課

2017年までの3年間で、3000人近くがレストランで働いたり、農業を学んだりした。そして、400人ほどが移住したという。

役場の関係者によれば、A級グルメを銘打つ際には、食材を選ぶ作業が必要にある。おのずと選ばれない食材もある。「この食材が選ばれ、これが選ばれないのはおかしい」などの批判も出たが、町長の石橋良治は、顧客本位に徹した。

今ではA級グルメの店は10軒あり、年間80万人が訪れる。過疎の町が「グルメの町」に変身したのだ。

邑南町は「日本一の子育て村」も標榜している。中学卒業までの子どもの医療費の無料化、2人目からの保育料の無料化、さらに高校・大学進学の奨学金制度といった政策を提示した。こうした政策は今では珍しくないが、いち早く取り組んだことから、成果が表れた。出生率も高水準で推移し、昨年度は2・61だ。30代、40代の子育て世代が次々に移住している。

▲写真 日本一の子育て村 邑南町の看板 出典:邑南町 地域みらい課

人口1万人の邑南町。目立った産業もないが、知恵を絞って、政策を打ち出せば、地域は踊る。どんな過疎地もあきらめてはいけない。

トップ写真:日本一の子育て村 邑南町 出典:邑南町 地域みらい課


この記事を書いた人
出町譲経済ジャーナリスト・作家(テレビ朝日報道局勤務)

1964年富山県高岡市生まれ。

早稲田大学政治経済学部卒業。90年時事通信社入社。経済部、ニューヨーク特派員としてウォール街や日米経済などを取材。 

 2001年テレビ朝日入社。経済記者として内閣府、日銀や財界などを担当。「報道ステーション」統括ニュースデスクなどを経て、現在は「グッド!モーニング」ニュースデスク。2011年の東日本大震災をきっかけに作家として執筆活動を開始。最初の著作『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(文藝春秋)』がベストセラーに。その後、『九転十起 事業の鬼浅野総一郎』、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(ともに幻冬舎)などの評伝を描く。

 最近は、地域づくりに関して全国を取材。「現場発!ニッポン再興」(晶文社)、「日本への遺言、地域再生の神様(豊重哲郎)」(幻冬舎)を出した。

出町譲

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