"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

米で想定外の感染者数急増

宮家邦彦の外交・安保カレンダー【速報版】 2020#13  2020年3月23-29日

          宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

 

【まとめ】

・米での感染者数の急増とメディアの狼狽ぶりは想定外の事態。

・今回のパンデミックはグローバル化の産物。

政治、社会、文化面でのグローバル化を後退させ、経済的グローバル化を促進。

 

 読者の皆さんは「social distancing」という英語を御存じだろうか?「社会的距離」って何だろう。この一カ月ほど米国で頻繁に使われるようになった言葉だ。日本語では「公の場等で他人と一定の距離(間隔)をとること」とでも訳すのか。要するに「密閉、密集、密接」を避けること、感染拡大を避けるための標語の一つである。

 

 それにしても、米国の一部州でのオーバーシュート(感染例急増)には驚いた。それまでは「あのアメリカなら、しっかり検疫体制が整備されているだろう」と多くの人々が思ったはずだ。それだけに、先週の米国における感染者数の急増と、CNNなどトランプ政権に批判的なメディアの狼狽振りは、正直、信じ難いというのが率直な印象だ。

 

 先ほどまでBSフジのプライムニュースに生出演していた。今回は珍しく文明論を語った。今回のパンデミックは旧約聖書創世記第11章の「バベルの塔」を破壊した「神の怒り」ではないか。世界に言語が一つしかなかった時代、バベルの人々が建設した「神をも恐れぬ」巨大な塔は破壊された。これが今の「グローバル化」ではないのか

写真:ピーテル・ブリューゲル作 バベルの塔 出典:Wikimedia

 

 今回のパンデミックが暗示することは簡単だ。経済システムのグローバル化は比較的簡単だが、人々の心や魂をグローバル化することは容易ではない、ということに尽きる。COVID-19は政治、社会、文化面でのグローバル化を後退させる一方で、経済的グローバル化を促進する可能性が高い

 

 幸いCOVID-19 は決して人類史上最大のパンデミックではない。例えば、1918年のスペイン風邪は大流行が三波あり、感染者は全世界で5億人、世界人口の四人に一人が感染し、死亡者も1億人を超えたといわれる。これに比べれば、今の新型ウイルス感染者、死者とも規模は今のところ小さい。但し、まだ油断は禁物だろう。

写真:Spanish flu hospital 出典:Wikimedia

 

 COVID-19は米大統領選に如何なる影響を及ぼすのか。トランプ政権の対応次第だろうが、この点、ニューヨークタイムズは「側近たちは縄張り争い、補佐官たちは自己防衛、優柔不断の大統領は自分を批判するメディアに責任転嫁、専門家を信用せず、彼らの提案を無視、娘婿を含むごく少数しか信じない」と書いていた。

 

 残念ながら、これがトランプ政権の実態だ。昔なら今頃米国大統領は全世界に向け、「米国大統領の下でこのパンデミックとの戦いに勝利しよう」と演説したに違いないが、そうした時代は終わった。今週、JapanTimesでは今回のパンデミックの影響について、産経新聞では危機管理と政治家の評価について書いた。是非御一読願いたい。

 

〇アジア

 武漢では18日以降新たな感染者はゼロらしいが、そんな発表を信じる中国人はいない、感染者が出ても数えなければ良いのだから。中国での第二波発生が心配だ。

 

〇欧州・ロシア

イタリアから始まった欧州でのパンデミックは遂に英国にも波及し医療崩壊が懸念されている。欧米の個人主義の弱点が意外なところで露呈したということか。

 

〇中東

 ついにシリアで新型ウイルス感染者が見つかった。しかし、これが最初の例ではなかろう。シリアにはイラン人が多数潜伏しているはずだからだ。シリアの悲劇は続く。

 

〇南北アメリカ

 トランプ氏が「我々は中国に支援をオファーした。もし中国がそれを受け入れたら、もっと早く情報が伝わり、兆候が分かっただろう」などと吠えている。目糞鼻糞だろう。

 

〇インド亜大陸

 特記事項なし。

 

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真:新型コロナウイルスに関して報道発表を行うトランプ大統領

出典:Flickr; The White House