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中南米でロシアの影響力じわりキューバにミサイル配備説も

ISTANBUL, TURKEY- OCTOBER 10: (RUSSIA OUT) Russian President Vladimir Putin (R) listens to Venezuelan President Nicolas Maduro (L) during their bilateral meeting at the 23rd World Energy Congress on October 10, 2016 in Istanbul,Turkey. Putin is on a day-long visit to Turkey. (Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images)

 



山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・ウクライナ危機めぐり「ロシアがキューバにミサイル配備」説が流れる。中南米でロシアの影響力が浸透しつつある。

・ロシアとベネズエラは軍事面でも協力関係を強化し、マドゥロ同国政権はロシアにとって中南米での重要拠点になっている。

・他の中南米左派政権にもロシアが接近し、関係を強める可能性がある。

■  ロシア外務次官の発言で波紋

ウクライナ情勢緊迫の中、ロシアがキューバにミサイルを配備するのではないかとの憶測が一時、取り沙汰された。

冷戦時代の「キューバ危機」の悪夢を想起させる憶測を生むきっかけとなったのは、ロシアのリャプコフ外務次官の発言。同外務次官は1月、テレビ・インタビューで米国がウクライナへの干渉を続けるなら、ロシアがキューバやベネズエラに軍事資産を展開する可能性を排除できないと語った。

この発言についてサリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は「ロシアの脅しだ」と一蹴したが、その後、ロシアの口先だけの脅しでないと思わせるニュースが続く。

写真)ロシアのリャプコフ外務次官(2015年)

出典)Photo by Host Photo Agency/Ria Novosti via Getty Images

ロシア政府は、プーチン大統領がニカラグア、ベネズエラ、キューバの3首脳と順次電話会談し、戦略的関係を強化することで合意したとの声明を発表した。「ニューヨーク・タイムズ」が、キューバ、ベネズエラ、ニカラグアの3カ国にミサイル配備についてロシアが打診した可能性があると報じたことも波紋を広げる一因になった。

ウクライナ侵攻へ軍事力を大量投入している時に、地理的にも遠くロシアの安全保障に直結しない中南米でプーチン政権が新たに米国との軍事対立の火種をつくることは常識的には考えられない。実際、最近ではこの種の話は欧米メディアでもほとんど取り上げられなくなり、立ち消えになった格好だ。

■ 強まるベネズエラとの軍事協力

だが、こんな憶測が飛び出すほど中南米ではロシアの影響力が広がりつつある。大型の経済支援を振りかざす中国ほど目立つことはないが、ロシアは同地域の反米左翼傾向の強い国を中心に政治・経済、軍事面で結びつきを強めている。

キューバでは1991年のソ連邦崩壊後、最後のロシア軍部隊が93年に引き上げて以来、両国間の軍事協力に関するニュースは公にはほとんど明らかにされていない。しかし、軍事情報メディアではここ数年、ロシアがキューバの軍事関連事業の支援に動いているといった情報が見受けられるし、2000年代初めに閉鎖されたハバナ郊外のロシアの対外諜報機関施設の再開で双方が合意したとの話もささやかれている。

ただ、中南米問題専門家の間では「ロシアが当面、中南米の戦略的パートナーとして最も重視するのはキューバよりもベネズエラ」(ペルーのカトリカ大政治学者)との見方が有力だ。

ベネズエラとロシアの関係は近年極めて良好。ベネズエラでは反米左翼の故チャベス大統領が2006年にプーチン大統領と会談して以来、スホーイ戦闘機や攻撃ヘリの大量購入、合同軍事演習の実施など、ロシアとの軍事協力が一気に進んだ。

チャベス政権を引き継いだマドゥロ現政権もロシアとの間で軍事・経済面の緊密な関係を維持する。マドゥロ大統領は2018、19年と立て続けにモスクワを訪問、軍事技術やエネルギー、食糧、医療など広範な分野で大型支援を取り付けた。

ロシアは2018年、米国の制裁を受けているマドゥロ政権への支援を表明するため、核兵器搭載可能な長距離爆撃機Tu-160をベネズエラに派遣。翌年には約100人の軍人がロシア空軍の航空機でカラカス入りしている。

ベネズエラ沖のラオルチラ島にロシアが空軍基地を設置する意向が伝えられたこともある。マドゥロ大統領は2月中旬、カラカスを訪問したロシアのボリソフ副首相と会談、現地メディアは両国が軍事協力の拡大で合意したと報じた。

写真)ベネズエラに派遣されたのと同型の核兵器搭載可能な長距離爆撃機Tu-160(ロシア・エンゲリス 2008年)

出典)Photo by Wojtek Laski/Getty Images

■ 中南米の左傾化がロシア進出への道開く

 ロシアとニカラグアの関係緊密化も目立つ。反米左翼のオルテガ大統領が2007年に政権に復帰して以来、T‐72戦車はじめロシアからの兵器売却が急増している。

 2017年にはロシアの衛星測位システム(GLONASS)用の地上施設がニカラグア国内に設置されたことが確認された。先ごろベネズエラ訪問の後、ニカラグア入りしたロシアのボリソフ副首相がオルテガ大統領との会談で「両国の軍事・技術協力は今後も継続される」と述べたとの報道もある。


写真)ニカラグアへの売却が急増しているロシア製T-72戦車。写真はインド軍のもの。

出典)Photo by Robert Nickelsberg/Getty Images

中南米にはキューバ、ベネズエラおよびニカラグアのほかにも、ロシアとの関係が強まる可能性がある国が少なくない。

アルゼンチンのフェルナンデス大統領が2月初め、モスクワでプーチン大統領と会談し、対米依存から脱却し、ロシアとの協力の重要性を強調する衝撃的発言をしたことはまだ記憶に新しい。ロシアは原子力開発や宇宙分野などで協力を推進する意向のようだ。

ボリビアの原子力開発にもロシアが積極的に協力する姿勢を見せているし、ペルーは過去にロシア製兵器を大量購入した経緯もあり、軍事面での新たな支援を求める可能性が指摘されている。

アルゼンチン、ボリビア、ペルーはいずれも反米ないし、米国と距離を置こうとする左翼政権下にあり、最近の中南米の左傾化の流れを象徴する。「中南米の反米左傾化が続けばロシアのさらなる進出への道を開く」(米国の中南米問題専門家)との声が高まるゆえんである。

(了)

トップ写真)プーチン露大統領(右)とベネズエラのマドゥロ大統領との会談(2016年10月10月 トルコ・イスタンブール)

出典)Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images