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.国際  投稿日:2022/10/14

ウクライナで再び核戦争の深淵を覗くか キューバ危機の教訓生かし破局防げ


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・プーチン大統領がウクライナへの核攻撃をほのめかし、バイデン大統領は単なる脅しではないと強く懸念。

・米ソ核戦争の瀬戸際まで立ち至ったキューバ危機の再来を見るだろうと、バイデン氏はきびしい予測。

・戦後最大の危機からちょうど60年、当時の米政府官らが後に教訓を語っているが、ウクライナ問題にも貴重な示唆を与えてくれる。

 

ハルマゲドンという忌み嫌うべき言葉を久々に耳にした。

東京の地下鉄に猛毒サリン攻撃を仕掛けたカルト宗教団体の教祖(後に死刑執行)も、その到来を予言していた人類の最終戦争だ。プーチンが核兵器を使用すれば、世界戦争が避けられなくなると、バイデン米大統領が警告した。

戦況回復の手段、クリミア大橋の爆破への報復としてプーチンが核兵器使用を真剣に考慮しているといわれるが、世界は、60年の時を経て再び、核戦争の深淵をのぞくのだろうか。

キューバ危機以来の「ハルマゲドン」に

ウクライナで戦局不利をかこつプーチンは9月末、「領土の一体性が脅かされた場合、われわれはあらゆる手段でロシアと国民を守る」と強い調子で述べ、「これは威嚇ではない」とわざわざ付け加えた。

9月下旬、30万人の予備役を招集した際の演説。プーチンはウクライナ侵略を開始して以来、たびたび核の威嚇めいた言動を弄しており、米国はじめ西側では、その真意をめぐって憶測が飛び交っていた。

バイデン氏は10月6日、ニューヨークで開かれた民主党の中間選挙応援集会でスピーチ。「われわれはこの男のことをよく知っている。戦術核、生物・化学兵器の使用を語るときは、冗談としてではない」と 述べ、プーチンの狂気じみた胸の内を推し量った。

バイデン氏はさらに「このまま事態が推移していけば、核の脅威が直接さらされた1962年のキューバ危機(の再来)となる」「戦術核を簡単に使用して、ハルマゲドンにならずに済む方法などない」ーなど激越な表現で危機感を強く警戒を促した。

国防総省のブレアシール報道によると、米国はプーチン発言を深刻に受け止めているが、ただちに自らの核の態勢に変更を加えるべき兆候はないと判断している。とはいうものの、多くの懐疑的な見方に反してウクライナ侵略を強行したプーチンのことだから、決して油断はできない。

故マクナマラ長官「核弾頭配備気づかず」

それにしても聞く者の心に重くのしかかるのは、「キューバ危機」の再来という予測だ。

1962年の時はあたかも10月。米国の目と鼻の先にあるキューバにソ連がミサイル基地を建設したことを米が察知、それを契機に両国が全面対峙した恐怖の13日間だ。

核戦争は土壇場で回避されたが、多くの教訓が残されている。

筆者はワシントン勤務中、危機当時にケネディ米政権の中枢にあって全面戦争を防ぐために奔走した故ロバート・マクナマラ元国防長官にインタビューした。

事件の発端から収束までの13日間の経過、政権内の会議の様子、ケネディ大統領の判断、ソ連のフルシチョフ首相による土壇場の譲歩ー。当時の緊迫した空気がひしひしと伝わってきた。

驚いたのは、ケネディ政権内に台頭したキューバ攻撃計画について語った時だった。

マクナマラ氏によると、当初、持ち込まれたミサイルに核弾頭は装備されていないという判断がケネディ政権を攻撃に傾斜させたが、実はその時すでに160基以上の弾頭が搬入され、70基が米国向けに配備されていたという。攻撃を受けていたら米東海岸の九百万人の命が危険にさらされていた。

氏はそのおどろくべき事実を30年後まで知らなかったと告白、「判断ミスなど過ちがつきものである人間が核兵器を扱えば、世界を破壊してしまうだろう。それが教訓だ」と感慨深げに語った。

▲写真 キューバ・ミサイル危機をめぐる米国の行動に抗議して行進する核軍縮キャンペーンのメンバーたち(イギリス・ロンドン、1962年10月28日) 出典:Photo by Getty Images

■R・ケネディ氏「計算違い、誤解が破局もたらす」

もうひとつ、キューバ危機の教訓として触れなければならないのは、ケネディ大統領の実弟、ロバート・ケネディ氏の回想だろう。

ロバート氏は危機の時、司法長官の職にあったが、兄大統領の実質的な補佐官として事態収拾で重要な役割を果たした。

氏はその著書「13日間」のなかで、キューバ危機の教訓として、「相手の立場になって考えること」をあげ、「計算違い、誤解、一方的なエスカレーションが誰も望まない勝利のない戦争の始まり」になる(「13日間 キューバ危機回顧録」)と指摘している。

先方の立場を危うくしたり、恥辱を与えたりすることを避けるだけでなく、自らが一定の行動をとった場合、相手がどう反応するかをよく熟慮、計算すべきという意味合いでもある。

準交戦国、米国は確実な情報を

これらの教訓をウクライナ戦争にあてはめたらどうだろう。

最も警戒すべきは、やはり偶発的な事実誤認、判断ミスがもたらす戦線、戦闘の拡大だろう。

バイデン大統領は、プーチン大統領の発言を単なる威嚇、冗談ではないと楽観を戒めているが、確固たる根拠があるのか。ペンタゴンは、ロシアが暴発する兆候はないとしているが、確実な情報に基づいてのことか。

60年前の危機当時、アメリカがカリブ海の島国にミサイルが配備されている事実を察知したのは偵察機からの写真撮影によってだった。

スパイ衛星などの技術が格段に進歩し、それに対する依存度が高まっている現在、一歩誤って不正確な情報がもたらされれば、たちまち破滅的な結末に結びつく。

米国は、ウクライナ戦争における交戦国ではないが、もはや〝第3次世界大戦〟といわれる中で、ウクライナに大量、巨額の武器支援を行っていることを考えれば、〝準交戦国〟というべきだろう。

不正確な情報は、自国を〝敗北〟に導くだけでなく、世界に破局をもたらす。

プーチンの顔たて、後に法廷で裁く

60年前、フルシチョフの譲歩でキューバ危機が収束した後、ケネディ大統領は、ソ連に屈辱を与えるような言動を避けたというという。

侮辱されるような言動を浴びると、譲歩したくてもできず、したとしても2度と繰り返さないことは人として当然だろう。 

プーチンに対してそんな気遣いは無用かもしれないが、これ以上の犠牲をださないためにも、何らかの穏便な形で当面の戦闘を収拾させられないかという主張が一部にある。

この際、プーチンの政治生命を絶ち、ロシアの影響力を阻喪させるべきとの主張には心情的には大いに賛同できるが、プーチンの顔を立てる現実的な手段も検討すべきかもしれない。

プーチンの蛮行、戦争犯罪は絶対に許すことはできず、国際政治の舞台にとどめておくことはもちろん許されない。プーチンの顔を立てて戦闘停止をした場合でも、その罪が阻止されることは許されず、後でじっくり戦争犯罪法廷で裁くべきだろう。

キューバ危機においてはケネディ大統領とフルシチョフ首相との間で頻繁に書簡のやり取りが交わされ、外交ルートでの対話も維持されていた。

今回のウクライナ戦争において、米露間の接触がどの程度、維持されているのか。対話が欠如すれば、相手の出方を占う材料を失う。

マクナマラ回想、ロバート・ケネディ回想はウクライナ戦争の議論の基礎となりうる重要な示唆に富んでいるというべきだろう。

【キューバ危機】1962年10月、キューバにソ連がミサイル基地を建設していることを米の偵察機が発見。ケネディ政権は撤去を迫ったが、ソ連のフルシチョフ首相は拒否、一触即発の緊迫した状況となった。

米国はキューバに向かう船舶を臨検、キューバへの攻撃論が勢いを得てきたところで、ソ連が撤退に応じ、土壇場で危機は回避された。

米政権が事態を把握した10月16日からソ連が撤退に応じた28日までの13日間を「キューバ危機」と呼び、映画、テレビドラマ、著作などでいまなお、しばしば取りあげられている。

トップ写真:ウクライナ軍がロシアから奪還した領土の現状(ウクライナ・ハリコフ州クピエンスク、2022年10月13日) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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