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.国際  投稿日:2022/11/16

内政は右派との対立で多難、外交面で手腕発揮か ブラジル次期大統領


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・先のブラジル大統領選決選投票で勝利したルラ元大統領の行く手には勢力を拡大した右派や保守派が立ちはだかる。

・ルラ氏はBRICSを外交の中心に据え、積極的な多国間外交を展開する見通し。

・ブラジルでの中国の影響力増大が続いており、親中路線が行き過ぎれば米国の反発は必至。

 

 右派・保守派の議席、下院の半分近くに

 先のブラジル大統領選決選投票で12年ぶりの返り咲きを決めたルラ元大統領は来年1月1日から政権を担当する。今回の決選投票で右派の現職ボルソナロ大統領との得票差がわずか1.8ポイントという僅差だった上、国内の左右分断が深刻化していることから、ルラ新政権の前途は多難だ。

 ルラ氏は2003年-2010年の前大統領時代、現金給付拡充策「ボルサ・ファミリア」に象徴される貧困層支援策を積極的に進め、2000万人を貧困から救いだした点で一般的には評価が高い。来年1月から4年間の任期中も、最低賃金の引き上げや貧困地域支援、社会福祉計画の拡充といった貧困層向けのポピュリズム的政策を最優先に人権問題や環境保護に取り組む構えだ。しかし、こうした政策の実施には、ボルソナロ氏を支持する右派・保守派の反対や抵抗が予想される。

 大統領選の第1回投票と同時に行われた連邦議会下院選でボルソナロ氏の「自由党」はそれまでの76議席から99議席に躍進、同氏に近い保守政党を合わせると240議席となり、定数511議席の過半数に迫る。一方、ルラ氏の「労働党」と「ブラジル共産党」「緑の党」などとの政党連合「ブラジルの希望」も68議席から80議席に増えたものの、労働党に近いとされる政党を入れてもその勢力は122議席にとどまる。上院でも自由党が議席を増やし、影響力が増大した。現地政治アナリストの間では、新政権の政策は議会の右派・保守派勢力との妥協を余儀なくされ、中道寄りになり、当分大きな変化はないとの見方も取りざたされている。

■ ブラジルの国際的発言力強化狙う

 一方、外交面では大幅な転換が予想される。ルラ氏は「ブラジルは国際政治舞台に復帰する」と宣言しており、多国間外交を推進する決意だ。

 「ブラジルのトランプ」との異名をとったボルソナロ現大統領は“ブラジル・ファースト”の考えから外交には消極的で「ブラジルはかつてないほど国際的に孤立化した」(米国の中南米問題専門家)という否定的評価が多い。

 ルラ氏は前回の大統領時代には「年平均30回以上、各国首脳らとの首脳会談を行った」(ブラジル外務省高官)といわれるほど、活発な“大統領外交”を繰り広げた。途上国のリーダーを自負し、とりわけ2006年のBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の第1回首脳会議、その後、南アフリカ共和国も加盟したBRICSの様々な動きの中でリーダーシップを発揮。国連やG20(主要20カ国・地域)首脳会議でも途上国の指導者として存在感を示した。ルラ氏は「BRICSを再強化する」と表明しており、cを中心に地域大国としてのブラジルの国際的発言力の強化を目指す外交を展開する見込みである。BRICS加盟を申請している隣国アルゼンチンをルラ次期政権が強力に後押しするとの憶測も流れている。

■ 「過度の親中路線なら対米関係は悪化」

 新政権がBRICS重視外交を推進するとした場合、最も注目されるのは対中関係である。ブラジルはルラ氏の前回任期中に政治、外交および経済面で中国との関係が緊密化したのは周知の事実。特に経済的結び付きが一気に強まり、2009年に中国は米国を抜いてブラジルの最大の貿易相手国および最大の投資国になった。右派のボルソナロ政権下で中国への警戒感が強まったものの、ブラジルの貿易・投資分野で中国のプレゼンス拡大が続いているのが実状。

 習近平国家主席はルラ氏に対し当選が伝えられた直後に祝電を送り、「中国とブラジルの包括的・戦略的パートナーシップを新たな段階へと発展させたい」旨伝えた。バイデン米大統領は当選直後のルラ氏に電話をかけ、環境問題での協力を申し出たと伝えられるが、ブラジル新政権の対中外交を警戒していることは想像に難くない。「ルラ氏が過度に親中路線に走るなら対米関係の悪化は避けられない」(駐ブラジリア外交筋)との見方が出るのは当然だろう。

 加えて、ロシアのウクライナ侵攻に関してもルラ氏が「プーチン大統領だけでなく、米国にも北大西洋条約機構(NATO)にも非がある」などと発言している点も米国としては気になるところ。新年早々のルラ外交始動に世界の耳目が集まりそうだ。

 

(了)

トップ写真)ルラ・ダ・シルバ次期大統領が上級選挙裁判所長と会談 2022年11月9日 ブラジル・ブラジリア 

出典)Photo by Andressa Anholete/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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