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.国際  投稿日:2022/3/28

米・ベネズエラ関係“雪解け説”も ウクライナ戦争が背景に


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・3月初め米国とベネズエラのハイレベル会談が開催され、国内民主化などを条件とする対ベネズエラ制裁緩和が議題に。

・米側はウクライナ戦争をめぐるマドゥロ政権のロシア支持撤回を迫ったもよう。

・米国とベネズエラの本格的関係改善はマドゥロ政権と野党との交渉の行方にかかる。

 

 制裁緩和に米国内で反対論噴出

3月5日、米バイデン政権のゴンサレス国家安全保障会議(NSC)上級部長(西半球担当)、カールステンス人質問題担当大統領特使らがベネズエラを訪問、マドゥロ大統領、ロドリゲス副大統領らと会談した。

突如行われたこの会談をめぐりさまざまな憶測や解釈が乱れ飛ぶ。ホワイトハウス報道官は会談目的に関し「エネルギー安全保障を含むさまざまな問題を議論するため」と説明。国務省報道官は「米国人の人質解放およびマドゥロ大統領と野党の交渉再開を求めることが優先事項」と述べたが、いずれも詳細は明らかにしなかった。

米有力メディアの報道によれば、バイデン政権はロシア産原油禁輸に伴う代替調達先としてベネズエラを想定、会談ではマドゥロ政権に対し国内の民主化や米国人の解放などを条件にベネズエラ原油輸入を一時的に再開することを提案した。

しかし、同原油輸入再開は、マドゥロ政権追放を目指し2019年の断交直後から科している全面的経済制裁の緩和につながることから、米国内では反対論が噴出、民主党の人権重視派メネンデス上院外交委員長らバイデン政権の身内からも批判が強まった。11月の中間選挙で焦点の一つになるフロリダ州では、マドゥロ政権の人権弾圧を逃れたベネズエラ移民らの間からも猛反発の声が上がった。このため、バイデン政権内では当面、対ベネズエラ制裁緩和論は後退したようだ。

■ ロシアからの離反迫るバイデン政権

バイデン政権が急きょ、マドゥロ政権との対話に踏み切った背景にはロシアのウクライナ侵攻が絡んでいるのは疑いない。「ニューヨーク・タイムズ」は米政府当局者の話として、ロシアとの地政学的対立がエスカレートした場合、ベネズエラ、ニカラグアおよびキューバなど中南米のロシア友好国が安全保障上の脅威になるとのバイデン政権の懸念がこの会談の動機の一つだとの見方を伝えた。実際、会談では米側はマドゥロ政権に対し、プーチン大統領支持を撤回するよう迫ったと報じられている。マドゥロ大統領は会談直前、プーチン大統領と電話会談を行い、戦略的パートナーシップの強化について話し合うなど両国関係の緊密化説が一般的だ。

だが、中南米のメディアの間ではロシアとベネズエラの友好関係の基盤はみかけほど強固ではないとの見方があり、欧米各国の対露制裁によってベネズエラはロシアの有力銀行に預けている原油輸出代金の確保が困難になっているため「マドゥロ大統領は従来の親ロシア外交を再考し始めている」(メキシコ外交筋)との憶測も流れている。こうした情報は米国もつかんでいるはずで、バイデン政権がベネズエラにロシアからの離反を求めたのは、そのためだとの説もある。

■ 関係改善への転換点の可能性も

会談の目的がどうであれ、久方ぶりに米国とベネズエラの間でハイレベルの対話が行われた点は注目に値する。米メディアによれば、トランプ前政権下でも双方の高官レベルの秘密接触があったが、今回のようにきちんとした形で話し合いが行われたのは5年ぶりだという。

今度の会談が米・ベネズエラ関係の重要な転換点になる可能性を指摘する向きも多い。ベネズエラ情勢に関してバイデン大統領は、軍事オプションもちらつかせたトランプ前大統領とは異なり、政治解決による平和的政権移行を呼びかけてきた。その一方、厳しい制裁を継続し、マドゥロ大統領に対抗する野党指導者のグアイド氏への支持を表明している。

マドゥロ政権の人権弾圧を非難し、その違法性を糾弾しているバイデン政権が今回、本格的な対話に乗り出し、条件付きながらも制裁緩和策を提案したとするなら、「対ベネズエラ戦略の転換」といった見方が出ても不思議ではない。中南米のメディアの中には早くも、両国関係の「雪解けが始まる」(アルゼンチン有力紙)といった論調も見られる。複数の中南米問題専門家はゴンサレス上級部長が最近、一部米誌とのインタビューで「バイデン政権はマドゥロ政権打倒ではなく同政権との交渉に力を注ぐ」旨を表明した重要性を強調する。

米国務省高官は「現在のベネズエラに対する制裁は完全に有効である」と述べ、バイデン政権の対ベネズエラ戦略に変わりがないとしながらも、マドゥロ政権との対話を続ける方針を示している。両国関係改善への道が開かれるかどうかはマドゥロ大統領の出方にかかっているとの見方が専ら。同大統領は3月初めの会談直後、拘束していた米国人2人を釈放し、米側に譲歩する姿勢を見せた。

当面の焦点は、昨年10月に中断したマドゥロ政権とグアイド氏ら野党との交渉が、米国の要求通りに再開されるかどうかだ。同交渉の行方が両国関係の“雪解け”を見極める重要な判断材料になりそうだ。(了)

トップ写真:2021年のベネズエラ地方選挙で話すマドゥロ大統領 出典:Photo by Manaure Quintero/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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