"Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

反戦ロシア人の声を聞け   「プーチンの戦争」をめぐって その3

KRAKOW, POLAND - MARCH 20: Members of the Russian diaspora hold banners and shout slogans against Putin's war on Ukraine at Krakow's UNESCO listed Main Square on March 20, 2022 in Krakow, Poland. Russia's invasion of Ukraine has prompted widespread condemnation from Western countries and an array of economic sanctions imposed on its political and business elite, but there are ramifications for regular Russians as well. The value of the ruble is in free-fall, a wave of foreign businesses have suspended operations in Russia, and European airspace is largely closed to Russian planes. (Photo by Omar Marques/Getty Images)

林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・取材に応じてくださったロシア人女性・アンナさんのウクライナ侵攻への思い

・第三次世界大戦の瀬戸際に立たされている

・日本はロシア市民や日本経済に配慮しつつ、国際世論の力で停戦を実現させるべきだ

日本国内で戦争反対の声を上げ続けているロシア人女性が、取材に応じてくれた。

 名前は仮に「アンナさん」としておく。

 と言うのは、ロシアによるウクライナ侵攻後、かの国の法律も変わり、それまでは反政府デモに参加して警察に拘束されても、せいぜい10日間程度で釈放されていたものが、罰金(それもロシアの物価水準では、小さなアパートが買える金額の半分ほどにもなる)に加え最悪の場合は15年もの懲役刑が課せられる恐れが出てきたからである。

 モスクワの日本大使館に勤務した経験がある私の知人からも、

「ロシアの情報機関は今、国外で政府批判を続ける人たちをあぶり出そうと躍起になっているみたいだ」

 との忠告を受けた。

 つまり彼女の身元が特定されると、ロシア外交筋から日本政府に対し、ビザを延長しないよう働きかけがあるなど、有形無形の迫害がなされる危険性がある。そのリスクを冒してまで取材に応じてくれた彼女の勇気には敬意を表する。

以下、質問者は林、回答者は「アンナ」というインタビュー形式で書かせていただくが、文責は林信吾であることを明記しておく。

  ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆ 

――まず、あなたとウクライナという国との関わりについて教えて下さい。

アンナ 私はロシア国籍で母国語もロシア語なのですが、ルーツはウクライナにあるのです。少しややこしいのですけれど、両親はベラルーシで生まれ育ちましたが、先祖はウクライナ人で、今も親類縁者の多くはウクライナで暮らしています。親の代にロシアに移住し、私はサンクトペテルブルク、生まれた当時はレニングラードと呼ばれていましたが、そこで生まれました。まったくの偶然ですが、プーチン大統領とは同郷ということになります。

――でも、生まれながらにロシア国籍なのですね。

アンナ はい。16歳の時に初めてパスポートを取った時には、

「国籍・ロシア、民族・ウクライナ人」

 などと書かれていました。その後しばらくして、やはり差別や偏見の原因になってはいけないということで、国籍だけ書かれるようになりましたけど。

――ロシア語とウクライナ語とでは、会話は通じるものなのですか?

アンナ 通じますよ。何年か前、ウクライナを訪ねた時に、こんなことがありました。

入国審査で、係官はウクライナ語で質問してきたのですけれど、私は相手の質問の意味がほとんど全部分かりました。そしてロシア語で答えると、相手も理解できて、ウクライナ語で質問を重ねて来たのです。あれは知的な体験としても、非常に面白いものでしたね。

――なるほど。だからロシア人とウクライナ人が日本で一緒に行動する、ということも可能なわけですね。そうしたコミュニティーのようなものがあるのでしょうけれど、みんな本当に戦争が始まると考えていましたか?

アンナ いえ、全然。キエフに住んでいる従姉妹と2月23日(侵攻が始まる前日)に電話フェイスブックで話したのですが、その時も、お互い「きっと大丈夫よ」「そうだよね」という調子でした。24日になってその従姉妹から「空爆が始まった」と連絡が来て、林さんが今言ったようにロシア人のコミュニティーがあるのですが、SNSで連絡を取り合って、25日に第一回のデモを行いました。

――その戦争の原因ですけれど、プーチン大統領に言わせると、ウクライナの民族主義者がロシア系住民に対するジェノサイドを行っている、と。これはやはりデマでしょうか?

アンナ それがこの問題の難しいところでして……もちろんロシア政府による宣伝や誇張は山ほどあるのですが、全部が全部デマだというわけでもないのです。

 2017年に、それまでウクライナ語と並んで公用語とされてきたロシア語が、事実上禁止されてしまいました。ロシア語教育を制限する法律が成立し、小学校や幼稚園でロシア語を教えてはいけない、とされたのです。私の従姉妹は幼稚園の先生をしていますので、これはたしかな情報です。これは国内に居住するロシア人など諸民族の権利を保障したウクライナ憲法に反しています。

 ロシア系の住民が弾圧されたのも事実です。ジェノサイドというのは、いくらなんでも誇張ですけれど、2014年に当時の政府が転覆された際、今の政府が言うマイダン革命(林注・「尊厳の革命」と訳されるが、実態はクーデターだと見なされている)ですけれど、この騒乱で、オデッサでは48人の犠牲者が出ています。

 さらにドンパス地方では、新しい政府に反対する暴動も起きて、この動きは今も続いています。

 けれども、それならそれでウクライナからの脱出を希望する人はロシア国内に受け入れ、住宅や仕事を斡旋するとか、人道的に対処する方法があったはずです。実際にそうした動きも見られたのですよ。

 ところがプーチン大統領がとった手段は、最悪のものでした。日本の皆さんもご存じのように、ロシア系住民が多いクリミア半島に、ロシアだけが承認する独立国を作って、実効支配してしまったのです。

――あの時もプーチン大統領は、クリミア半島はもともとロシア領だった、と主張しました。どういう経緯でウクライナ領になったのでしたっけ。

アンナ 1954年に、当時のフルシチョフ首相がウクライナに割譲しました。詳しい事情までは私にも分かりませんが。

――それで2014年のクリミア半島の騒乱となったわけですが、あの時NATO(北大西洋条約機構)がなにもできなかったから、プーチンもウクライナ侵攻を決意した、というのが、もっぱらの見方です。やはり同じように思いますか?

アンナ それもまた難しいところですね。軍事力でもってロシアを止めようとすれば、第三次世界大戦になってしまいますから。

 今回の戦いもそうですけれど、私たちは今、第三次世界大戦の瀬戸際に立たされているのだと思います。そうしたことも視野に入れて、もっとも犠牲が少なくて済む問題解決の道を探るべきです。

――我々日本人は、そのためになにができるでしょうか。

アンナ まずは私たちと一緒に

「ロシアはただちに戦闘行為を停止せよ」

 と声を上げて下さい。

 プーチンが聞く耳など持つものか、と言う人もいますけど、なにもしなければなにも始まりません。

もうひとつ言いたいのは、私はあらゆる戦争に反対していますので、ただ単に

「ウクライナ頑張れ」

と言うだけでは、戦争を止める力には結びつかない、と考えるのです。

 

写真:ロシア国内のショッピングモールでは、経済制裁の影響で品薄が深刻化している(2022年3月16日、ロシア・モスクワ)

出典:Photo by Konstantin Zavrazhin

―― 経済制裁については、どうですか?

アンナ これも、なにもしないよりはよいのでしょうけれど、効果が出るのは1年後くらいになるでしょうね。その後も、たとえば北朝鮮やイラン、かつてのソ連もそうでしたけど、制裁だらけでまともな経済活動などできなくなっても、穴にこもるようにして政権を維持していますから。

 それから、経済制裁にも色々な段階があるわけですが、ロシアの一般市民には一定の配慮をして欲しいと思います。今回の戦争は、あげてロシア政府に責任があるので、ロシアの一般市民はなにも悪いことをしていません。選挙でプーチンを選んだではないか、と言われるかも知れませんが、その選挙自体が不正だったのではないか、と多くの人が考えています。なにしろ彼が3度目の当選を果たした際、その得票率は146%だったのですから。

 そのことを踏まえて、生活必需品や医薬品については、普通に手に入れられる状態を維持して欲しいと思います。

 一方では、ロシアに対する制裁の影響で、日本国内でも倒産や失業が起きますと、制裁そのものを問題視する声が出るかも知れません。そのあたりのバランスもきちんと考えて欲しいと思います。どの国でも政府の一番の責務とは、自国民の生活や安全を守ることですから。

長い目で見れば、私たちロシア人の手でロシアを変えて行くことが一番大事なのですけど、今はなによりもまず、国際世論の力で停戦を実現させることです。

 戦闘が一日長引けば、それだけ多くのウクライナの一般市民、そして、大部分が18歳から20歳の若者である、ロシア兵の命が失われてしまうのです。

 このような戦争を一日でも早く終わらせること、そのために、私はできることは何でもします。日本の皆さんも、どうか力を貸して下さい。

(了)

トップ写真:「プーチンの戦争」に反対するロシア人(2022年3月20日、プーランド・クラクフ)

出典:Photo by Omar Marques