「裸の両王」が世界を分断する?(上)3年目に入ったロシア・ウクライナ紛争 その6
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・露大統領選、プーチン氏が史上最高の得票率(87.3%)で5度目の当選。
・プーチン氏、「終身大統領」となることも理論上は可能。
・投票最終日には、各地の投票所前で選挙の不当を訴えようとの運動も。
現職のウラジミール・プーチン氏が史上最高の得票率(87.3%)で5度目の当選。
……これが、13日から17日にかけて投票が行われた、ロシア大統領選挙の結果である。任期は6年なので、2030年までということになる。
まず、ロシアの憲法では大統領に就任できるのは2期までとされていたが、2020年7月に行われた国民投票の結果、この条文が改正され、現職もしくは大統領経験者は例外ということになった。したがって、プーチン「終身大統領」となることも理論上は可能なのだ。
投票率も公式発表によれば77.49%で、こちらもソ連邦崩壊後の大統領選挙として、史上最高を記録したという。
事前に予測された通りで、特に驚くべき結果ではないとも言えるが、ロシア政府の公式発表など、もはやプロパガンダである、ということは指摘しておきたい。
まず、前述のようにプーチン氏が大統領選挙を制したのは今次で5回目だが、実は選挙のたびに「得票率など、数字が操作されているのでは?」との疑惑が取り沙汰されてきた。
こうしたことから、選挙妨害のような行為が各地で頻発し、日本を含む西側諸国のメディアでも、投票箱の中にインクらしき黒い液体をぶちまけた女性が、警備の職員に連行される映像が流されたし、投票所に火焔瓶が投げ込まれた事例さえある。
その話題はひとまず置いて、プーチン氏以外の候補者の顔ぶれを少し見てみよう。
まず、共産党中央委員のニコライ・ハリトノフ氏。得票率4.3%(公式発表。以下同じ)。
ある年代以上のロシア人の中には、かつて「世界屈指の生産力と充実した社会保障を誇っていた」ソ連邦へのノスタルジアを抱き続けている人たちがいて、共産党は今も侮りがたい勢力なのである。
続いてリベラル派とされる「新しい人々」のウラジスラフフ・ダワンコフ第一副代表。得票率3.9%。下院副議長でもある彼は「戦争反対勢力の結集」を最後まで呼びかけていた。
そして極右政党・自由民主党のレオニド・スルツキー党首。得票率3.2%。
ちなみにプーチン大統領の所属政党は「統一ロシア」だが、名称とは裏腹に、プーチン指示だけを掲げて中道派から右翼までが集まった「寄り合い所帯」などと呼ばれている。党首はドミトリー・メドヴェージェフ国家安全保障会議副議長だ。
そして、候補者にはなれなかったものの、忘れてはならないのが、ロシア反体制派のカリスマと称されたアレクセイ・ナワリヌイ氏である。
1976年生まれの彼は、もともと弁護士だったが、2009年以降、プーチン政権を手厳しく批判する著述活動で内外のメディアから注目されるようになった。2011年には、プーチン政権は汚職によってその基盤が弱体化しているとして、
「ロシアでも5年以内に〈アラブの春〉のような大規模な反政府運動が起こりえる」
と発言した。さらには前述の「統一ロシア」を
「詐欺師と泥棒の党」
などと手厳しく批判し、この「愛称」は今でもSNSなどで使われている。2014年には「進歩党」を旗揚げした(2021年に解散)。
こうしたことから、ロシア政府によって繰り返し弾圧され、2021年12月5日、反政府デモなどを扇動したとして逮捕・勾留されてしまう。その後に起きたことは、日本でも大きく報じられた通りで、今年2月16日、北極圏の刑務所で死亡。死因は不明。享年47。
葬儀の後もモスクワの墓地には献花が絶えず、さらには未亡人らの呼びかけにより、投票最終日の17日正午には、各地の投票所前に集結し、選挙の不当を訴えよう、との運動が展開された。徴兵された兵士の妻たちも大勢参加して、戦争反対を訴えている。
実は日本でも、同日同時刻(東京・モスクワ間では時差が6時間あるが)、在外ロシア人による抗議行動があった。この日は日曜日で、冒頭で述べたようにロシア本国では、13日から17日まで投票が行われていたが、在日ロシア人のための投票日は17日だけであった。ちなみに在外邦人にも2000年から選挙権が付与されたが、登録の手続きに2ヶ月ほどを要するとのこと(外務省HPによる)。在日ロシア人の場合、パスポートを持参すればその場で投票用紙をもらえるそうだ。
本連載でも複数回ご登場を願った、私の知人で、日本にあって戦争反対の声を上げ続けているロシア人女性も、17日正午に大使館に出向くと述べていた。理由は、
「私が(投票に)行かなければ、誰かが私になりすましてプーチンに票を入れるに決まってますからね」
とのこと。そして実際、17日の投票日には、有志の手による「出口調査」も実施された。
その結果、投票参加者は616人で、
ダワンコフ 45.8%
プーチン 16.2%
答えたくない 19%
無効票 14.6%
となった。無効票の大半は「投票用紙汚損」で、故意になされた可能性が高い。これも選挙の不正疑惑に対する抗議行動の一環で、反戦のメッセージなどを大きく書き殴って、投票箱に放り込むのである。
ちなみに、駐日ロシア大使館の航法が発表した数字は、投票参加者1111人。内訳は、
ダワンコフ 39.24%
プーチン 44.10%
無効票 12.15%(ちなみに投票用紙汚損はゼロと発表されている)
ハリトノフ 2.88%
スルツキー 1.62%
おいおいおい……と言いたくなるのは、おそらく私一人ではあるまい。また、ロシア当局が公表した選挙結果など、もはやプロパガンダだと私が評した理由についても、多くを語るまでもないことであろう。
もちろん、この数字だけをもって、
「本当はプーチンは選挙で勝利してなどいないのだ」
などと声高に言う愚を犯すつもりはない。誇大広告みたいなものだ、と言い得る程度である。これについては、くだんのロシア人女性までが、かの国での言論状況について、
「若い世代はインターネットなどで、幅広い情報を得られますけど、私の母親なども含めて、TVと新聞しか見ない世代は、政府のプロパガンダに容易に載せられてしまいますから」
と明確に述べている。まあ、それはそうでしょう、とだけ答えた私に、彼女はこう言葉を継いだ。
「でも、プーチンは結局のところ〈裸の王様〉だと思います。そう遠くない将来、皆がそのことに気づくと思います」
次回、この問題をもう少し掘り下げてみたい。
トップ写真:プーチン露大統領 出典:Contributor/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。