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.国際  投稿日:2022/4/1

最後は中国カードもあり得る「プーチンの戦争」をめぐって 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・ロシアによるウクライナ侵攻、仲裁はロシアと付かず離れずの関係を保ってきたトルコ。

・ロシアによる「核の威嚇」というリスクを負うことなく、その侵略行為に掣肘を加えることが出来るのは中国のみ。

・中国の香港やウイグルの人権問題が後景化するリスク。

 

ロシアによるウクライナ侵攻開始から、1ヶ月あまり。

29日からトルコ最大の都市イスタンブールにおいて、対面による本格的な和平交渉が漸く始まった。7日にベラルーシの会談が物別れに終わって以来、3週間ぶりのことだ。

これまでも、リモート方式を含め、数次にわたって停戦に向けた交渉は行われたが、条件面で双方の隔たりが大きく、実を結ぶことはなかった。そもそもプーチン大統領にしてみれば、国民に向けて「勝利宣言」できるだけの収穫がなければ、停戦も敗戦も同じ事だ、という話になるのだろう。

今次は、ウクライナ側が譲歩して、NATO加盟を断念するなど「中立化」を受け入れる方針で、ロシアもこれに一定の評価を示し、キエフ近郊での軍事行動を大幅に縮小することを発表した。

まず、トルコの仲裁に両国が乗った理由から考える必要がある。

よく知られるようにトルコはNATOの一員だが、地政学的な理由から、ロシアとはつかず離れずの関係を保ってきていた。とりわけ軍備の面では、ロシア製の地対空ミサイルを輸入し、これが米国の逆鱗に触れて、自衛隊も採用している最新の戦闘機F-35の売却を拒否されたこともある。

一方では独自の軍事技術もなかなかのもので、2020年にアゼルバイジャンとアルメニアとの間で起きた「第二次ナゴルノ・カラバフ紛争」においては、アゼルバイジャンが繰り出したトルコ製自爆ドローンが、多数の戦車や装甲戦闘車両を撃破し、アルメニアから事実上の勝利を博した。この自爆ドローンは、ウクライナ軍も実戦に投入したと見られている。

ともあれ格好の仲裁役が現れ、なおかつウクライナが譲歩する姿勢を示したことで、交渉の妥結を期待する向きも多いが、そう甘くはない、と見る向きがそれ以上に多い。

と言うのは、もともと親ロシア派の住民が多く、今ではロシアが実効支配しているクリミア半島など東部の帰属について、ウクライナ側は、

「今後15年ほどをかけて協議して行く」

と提案している。これもこれで譲歩と言えるのだが、ロシア側がこれを受け容れるとは考えにくい。理由は前述の通りで、ウクライナ東部の実効支配まで返上してしまったら(たとえ15年以内に手を引く可能性があるというレベルの話でも)、国内のみならず親ロシア派武装勢力の信用まで失うからだ。

しかしそうなると、ウクライナとしては「国土の朝鮮半島化」という問題に直面する。こちらもまた、受け入れられる話ではなさそうだ。

CNNなど英語圏のマスメディアの報道では、ロシア軍はかなり疲弊しており、一部部隊は弾薬を放り出して敗走するなど、停戦に前向きなのも無理はない、と思える情報がしきりに伝わってくるのだが、英戦略研究所などは、一時的に戦線を整理し兵站を立て直す時間を稼いでいるだけで、プーチン大統領はまだまだウクライナの武装解除をあきらめていない、と見ているようだ。

かつて「撤退」を「転進」と言い換えて国民の戦意喪失を防ごうとした軍隊があったが、今次のロシア軍は、停戦交渉に前向きな姿勢を見せつつ、その裏ではさらなる構成の準備をしている、というわけだ。

ただし、今のロシア軍に玉砕、もとい、全滅覚悟で戦う気概がないとすれば、この戦略も成立しがたい。考えたくもない事態だが、そうなるとプーチン大統領に残された手段は、核による威嚇しかない。

ウクライナの大都市やNATOの補給基地に核攻撃を加えたなら、それこそ第三次世界大戦になってしまうが、海にでも落として威嚇するという手段がある。米国は、

「ロシアが生物・化学兵器を使用したら相応の対応をする」

と宣言しているが、核について今のところなにも言わないのは、色々な解釈が可能ではあるけれども、ロシアの「本気度」を慎重に見極めようとしている、と考えるのが、最も合理的ではないだろうか。

バイデン大統領NATO加盟国の首脳たちの態度については、非難がましいことを言う人がいるけれども、様々な情報を総合する限り、第三次世界大戦=破滅的な核戦争だけは避けなければならないという前提で、ギリギリのところ努力している、との評価は可能であると思う。

ただ、努力は必ず報われるとは限らないのが国際政治の現実というものなので、トルコの仲裁が実を結ばなかった場合、どうするべきかをきちんと考えておく必要がある。

私の意見では、最後の切り札は中国カードだと思う。

保守派の論客たちは、我が国にとって最大の脅威である中国に、漁夫の利を与えるようなまねをするべきではないと主張する。言いたいことも分からないではないが、現状を冷静に考えるなら、ロシアによる「核の威嚇」というリスクを負うことなく、その侵略行為に掣肘を加えることができるのは、中国を置いて居ないのではないか。

▲写真 ローマのG20サミットに出席する王毅外相(2021年10月30日) 出典:Photo by Antonio Masiello/Getty Images

30日にはロシアのラブロフ外相が侵攻開始後初めて訪中し、中国の王毅外相と会談した。そして王毅外相は、ロシアのメディアに対し、

「米国などがロシアに対して行っている制裁は逆効果である」

などとコメントし、両国は「蜜月」をアピールした。

保守派の論客たちからは、それ見たことか、といった声が聞こえてきそうだがこの点についても、やはりまずは、どうしてこの時期に中ロの蜜月を大々的にアピールする必要があったのか、という点だが、これは色々な解釈が可能で、人の心の中までは分からないのだが、ロシアの焦りの表れではないだろうか。別の言い方をすれば、経済制裁でロシアを締め上げ、ロシアに肩入れするなら同罪だと中国にも圧力をかけたバイデン大統領の戦略が、功を奏しつつあるのではないだろうか。

そもそも蜜月などと言うが、多分に「ロシアの片思い」であるという側面を見落とすべきではない。具体的に述べると、ロシアにとって中国は今や最大の貿易相手国だが、中国にとってロシアとの貿易は、GDPの2%程度を占めているに過ぎない。

さらに言えば、経済制裁によってロシアが通貨危機に陥った際、中国はルーブル建ての支払い枠を拡大した。早い話が中国製品を求めるロシアの消費者は、今まで以上に多額のルーブルを支払う必要に迫られ、通貨の下落に拍車をかけたのである。

蜜月アピールはロシアの焦りの表れではないか、と私が見たのも、こうしたデータを見ていたからに他ならない。それともロシア人たちは、4000年来の商売人が損得抜きで自分たちを助けてくれると信じ込むほどにお人好しなのか。

ではなぜ、私が保守派の論客たちにも一定の理解を示したのか。

「プーチンの戦争」を止める最後の手段として、中国を担ぎ出すしかない、と判断したとしよう。その場合、中国は欧米による「貿易戦争」についても停戦するよう求めるだろうし、その結果、香港やウイグルの人権問題が後景化してしまうというリスクは、確かにある。

それが、この問題の難しいところで、ウクライナの人々を戦火から救うためにウイグルの人たちが犠牲になってよいものではないし、その逆もまた然り、である。

ただ、前述のように中国人は商売人であるから、希望的観測かもしれないが、人権問題で経済活動の足をこれ以上引っ張られるのはご免だ、という判断をする可能性は十分あると思えるし、今次のロシアが置かれた状況を見て、武力で現状を変えようとする試みは決して成功しない、という教訓を得たのではないだろうか。

私はどこかの弁護士と違って、欧米の政治家に提言する立場ではないことくらい自覚している。ただ、犠牲がこれ以上拡大する前に戦争を終結させて欲しいと願う心は人後に落ちないつもりなので、自分が信じるところを粘り強く発信し続けたいと思うのみだ。

その1その2その3その4その5その6。全7回)

トップ写真:アンタルヤ外交フォーラムで演説を行うトルコのエルドアン大統領(2022年3月11日) 出典:Photo by Ozan Guzelce/ dia images via Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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