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中国河北省女性暴行事件の裏

BEIJING, CHINA - JANUARY 22: Chinese police officers wear protective masks at Beijing Station before the annual Spring Festival on January 22, 2020 in Beijing, China. The number of cases of a deadly new coronavirus rose to over 400 in mainland China Wednesday as health officials stepped up efforts to contain the spread of the pneumonia-like disease which medicals experts confirmed can be passed from human to human. The number of those who have died from the virus in China climbed to nine on Wednesday and cases have been reported in other countries including the United States,Thailand, Japan, Taiwan and South Korea. (Photo by Kevin Frayer/Getty Images)

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・6月10日中国河北省唐山市にて、女性が男性からのセクハラに抵抗すると男らは女性とその友人に対して暴行し重傷を負わせた。

・容疑者9人は逮捕されたが、この女性暴行事件は、唐山市ではなく廊坊市公安が捜査して処理することが河北省公安当局によって通告された。

・公安当局は唐山市警察が地元の闇勢力の後ろ盾を担っていると考えており、公正性を保つため別の市の管轄が担当することになったのだろう。

 

現在、中国では、河北省唐山市で起きた女性暴行事件が話題となっている。ここでは、事件の概要と同市の“闇”について述べよう。

事件は、今年6月10日未明、唐山市の串焼き店で発生(a)した。

酔った男が店内で食事をしていた女性に声をかけ、背後から背中を触ったのが事件の発端とみられる。女性が拒否して抵抗すると、男は数人を率いて女性とその友人に暴行を加えた上、被害者を店の外に引きずり出して暴行を続けた。

その結果、女性2人が重傷で入院し、他の2人が軽傷を負っている。

同日、女性2人が激しく殴打される監視カメラ映像が、インターネットにアップロードされた。その映像が広く出回り、ネットユーザーの怒りを買った。そして、同事件が微博のトップになっている。

翌11日、唐山市公安局は事件に関わった9人全員を逮捕したと伝えた。また、負傷した女性の病状は安定しており、命に別状はないと発表している。

ネットユーザーから反発の声が上がる中、複数の官製メディア『人民日報』、『中国女性報』、『法制日報』、『環球時報』等が徹底した捜査と厳罰を求める記事を出した。

『人民日報』の微博(中国版ツイッター)は、唐山市で起きた女性が集団で暴行を受けた事件は衝撃的で、法だけでなく、社会秩序や国民の安心感に対する挑戦(b)だと指摘した。

被害者は今も病院で治療を受けているが、おそらく、そのベッドの上で“正義”を求めている(a)のではないだろうか。

今回、公衆の面前で見知らぬ男性からセクハラを受け、その後、引きずられて殴られた。この事から、女性はどのように自分を守るべきか、ネットユーザーの間で議論になっている。

ある人は、「彼女らは『落ち度のない完璧な被害者』の“条件”をすべて満たしていた」と指摘する。はだけた服を着ていた訳でもなく、人里離れた場所でもない。また、一人旅でもなく、娯楽施設にいた訳でもない。活気あるレストランで、姉妹と食事をしながらおしゃべりしていただけである。彼女らは、弱さや恐れを見せず、助け合い、抵抗する、という被害者のもう一つの“条件”まで満たしている。

だが、現実は、絶対的な暴力の前では、何をしても無駄である。他方、「ちゃんと声を上げなければ、次にやられるのはお前だ」という人もいた。さて、容疑者全員の逮捕で事件は終息すると思われた。しかし、事件後、別の重大事が暴露されたのである。

11日深夜23時頃、河北省公安当局は、唐山市串焼き店での暴行事件は(隣の)廊坊市公安の広陽支局が捜査して処理すると通告(c)した。

中国の『時代週報』(The Time Weekly)は、北京市才良法律事務所の王令弁護士の言葉を引用し、次のように書いている。

河北省公安当局が「唐山市警察ではなく、廊坊市警察に捜査を依頼するのは、地元の闇勢力、もしくは、地元警察のヤクザへの“保護傘”が存在するという疑念を持っているからではないか」。

事件後、まもなく一人の男性が彼の運営するパン屋が暗黒街の人間によって店を壊されたと実名で告発(d)した。だが、警察に通報しても、立件できないので、逮捕できないと言われている。

既述の如く、暴行事件の容疑者9人は全員逮捕された。劉某、陳某志、陳某亮の3人はいずれも前科がある。

このうち、2019年、劉某は故意による傷害罪で懲役2年1ヶ月を言い渡されている。他方、陳某亮は2020年カジノ営業罪で懲役3年を言い渡された。しかし、服役中に減刑を受けている。

唐山市警察がヤクザに対し何もせず、また、ヤクザの“保護傘”に転落するという証拠が相次いだ。そのため、河北省公安は事件を廊坊市警察に移管したに違いない。

『時代週報』は、他地域の警察が捜査や起訴、裁判を行う場合には、地元警察が行うべき事件処理の公正性に関して、影響を及ぼす決定的な要因があると指摘(c)した。事件の公正性を担保するため、管轄が他地域へ変わったのだろう。

前出の王令弁護士によれば、2018年以来、重大でセンシティブな事件、あるいは、長い間遅延して処理できない事件に対しては、革新的な処理方式を採用するという。

例えば、所轄のレベルを上げたり、別の管轄の警察を利用したりする。そうすれば、地元警察の犯罪者に対する“保護傘”の役割を避けることができよう。今回の事件では、容疑者の中に、“保護傘”を受けている者が存在する公算が大きい。

 

(注)

(a)『DW』「唐山暴行事件で民衆が怒り心頭 警察が容疑者を緊急逮捕」(2022年6月11日付)

(https://www.dw.com/zh/唐山打人事件引公愤-官方急抓嫌犯/a-62100396)。

(b)『人民日報』【人民微評】

https://weibo.com/2803301701/Lx7HdkUiH)。

(c)『時代週報』

「唐山暴行事件は廊坊警察が捜査して処理する 弁護士:他地域の警察を使えば、公正を期すことができ、ヤクザをたたけば、必ず“保護傘”をたたく」

(2022年6月12日付)

https://www.time-weekly.com/post/292715)。

(d)『聯合報』

「河北省唐山ヤクザの故郷での『暴行事件』は、他の地方警察が捜査」

(2022年6月12日付)(https://udn.com/news/story/7332/6381858)。

トップ写真)2020年1月22日、北京駅にてコロナウイルスのため保護マスクをする中国警察。(出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images